【7話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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(でもそうか、彼女も音楽が好きなのか)
 それも流れてきたのはジャズだった。この国ではオーケストラが奏でる荘厳な賛美歌が好まれ、売られているレコードもほとんどその手のものだ。ステイツの音楽は低俗だと言われあまり好まれていない。
 その上根暗な性格とおどろおどろしい仮面に似合わず、彼が好むジャズは明るいものが多い。『似合わない』と思われるのが嫌で人にこの趣味を教えた事もなかった。
 だから理解者が現れるとは思っていなかったし必要もないと思っていたが、彼女の選曲は悪くなかった。
(彼女は、他にどんな曲を聴くんだろうか)
 興味を抱きつつ壁の方をじっと見ていると、ダグラスがふっと笑みをこぼす。
「奥様と、食事でもされたらいかがでしょう。そうすれば、音楽のお話を出来るかもしれませんよ」
「食事をするには、この仮面を外さねばならないだろう」
「外せば良いではないですか」
「落ち着かないから嫌だ」
「せっかく凜々しいお顔をしているのに、勿体ない」
「そう言うのはお前くらいのものだ」
「当たり前でしょう。私くらいしか、旦那様のお顔を見た人はいないのですから」
 ダグラスはガウス同様レイスの元部下で、ガウスとも面識があった。
 故に身の回りの世話を任せているし彼には顔を見せられるが、他のメイドたちの前でさえガウスは仮面を取れないのだ。
「ともかく、屋敷に来たばかりの妻の前でこれを外すなど、無理だ」
「普通は、仮面をつけている方が恥ずかしいものだと思いますけどね」
 主人への発言としては少々辛辣だが、彼の言葉はもっともなのでガウスは否定出来ない。
「食事はしない。仮面も外さない」
「そして会話もなさらないと?」
「そうだ」
 頑ななガウスにやれやれと首をすくめてから、ダグラスは「気が変わったらお申し付けください」と一言置いて出て行った。
 部屋に一人きりになると、ガウスはやっぱりまた妻の部屋が気になってそっと壁に身を寄せる。
(……微かに茶器の音がするが、朝食を取っているのだろうか)
 壁に耳を押し当ててから、ガウスは我にかえって壁から身体を引き剥がす。
(生活音を盗み聞きするなんて、まるで変態みたいではないか!)
 こんなのは自分らしくないと思いながら、ガウスはいつになく騒ぐ気持ちを落ち着けようと部屋の中を歩き回る。
(妻の生活には干渉しない。それが、夫としてすべき務めだ)
 そう言い聞かせつつ、ガウスは大きく息を吐く。その身体は無意識にのうちに壁の方へと傾いていたが、ガウスがそれに気づく事はなかった。
 そして彼はせっかくの休日を、悶々と過ごす事になるのであった。

   ◇◇◇      ◇◇◇

 日の光を浴びる事の出来ないミシェルにとって、夜は貴重な外出の時間である。
 と言っても引きこもりの彼女は街に出かけたりはしない。人がいない時間を見計らって、側の庭に出るのが精々である。
 そんなミシェルにとってガウスの屋敷は天国だった。城と違って人の行き来はほぼないし、広い庭には彼女好みの素敵な場所が沢山ある。
「よりにもよって、こんな場所でお茶をしなくても……」
 呆れるジェーンと数人の使用人を連れ立って、ミシェルがやってきたのは屋敷の裏手にある沼の側だ。畔には白塗りの美しいガゼボがたち、ほのかな霧の中にぼんやりと浮かび上がるボート小屋の明かりはほどよく不気味でミシェルは内心大興奮していたが、ジェーンは長居したくないと思っているのだろう。
「お茶と蓄音機を置いてくれたら、先に帰って良いわよ」
「ですがこんな場所にお嬢様を置いていくのも……」
「屋敷の敷地内だし、この辺りは獣も出ないというから大丈夫よ。それに少し、一人になりたいの」
「だったらお部屋でも……」
「けどあそこで音楽をかけると、旦那様を驚かせてしまうようだから」
 朝の騒ぎを陳謝しに来た家令のダグラスから、魔法の暴発はガウスが音楽に驚いたせいだと聞かされていた。
 気にせずお過ごしくださいとは言われたが、あれだけの爆発音を聞いてしまうと無視は出来ない。
 言葉はなくとも話しかけるに等しい行為だったし、関わり合いを避けたいガウスにとっては不快だったのかもしれない。
 そんな思いも芽生え、ミシェルは部屋から離れた場所で音楽を聴こうと思い立ったのだ。

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