【6話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 一方隣の部屋では、家令――ダグラスに叱られたガウスが、シュンと肩を落としながらベッドに腰を下ろしていた。
 ダグラスの言葉に反省はしているが、今はそれ以上に気になる事があり、いつになく気がそぞろだった。
「……ダグラス、妻の趣味についてお前は聞いているか?」
「聞いておりますし奥様にご興味を持った事は喜ばしいですが、質問の前にまずその仮面をお取りになっては?」
 ラフな部屋着に黒い髑髏の仮面という出で立ちでベッドに腰掛けている主人を前に、高齢の家令はため息をこぼす。
「今は、ちょっと動揺しているから無理だ」
「動揺すると仮面をつける癖を何とか致しませんと、奥様に愛想を尽かされますよ?」
「そもそも彼女は、俺になど興味を持っていないだろう。尽かされる愛想などないはずだ」
 そうに違いないと心の中で繰り返しながら、ガウスはトボトボと部屋の隅まで歩き、先ほどの魔法で大破してしまった蓄音機を持ち上げる。
「大切な蓄音機を破壊するなんて、またひどい悪夢でも見たのですか?」
「いや、今日は少し驚いた事があっただけだ」
「少し……で部屋の半分を吹き飛ばす魔法を?」
「すぐ直すから許してくれ」
 時間を少しだけ巻き戻す魔法を作動させ、ガウスは壊れた部屋を瞬く間に元通りに戻す。時間に関する魔法は高度かつ大量の魔力を消耗するものだが、ガウスにとっては造作もない。むしろ幼い頃から感情にまかせて魔法を暴発させがちだったガウスにとって、この魔法は身近なものだ。生きたもの以外なら大抵のものは復元出来るし、自分の失敗の後始末は自分でするに限る。
「それで、旦那様は何に『少し』驚いたのですが?」
「音楽が聞こえた」
「音楽?」
「隣の部屋から、ジャズが聞こえた」
「それだけで部屋を吹き飛ばしたのですか」
「だってあれは俺の選曲への返事だったんだ!」
 普段から、仕事場の人間とこの家令以外とは会話さえろくにしないガウスである。
 なのにまさか、音楽で返事が来るなんて思いもしなかったのだ。
 それも相手は、隣の部屋にいる妻である。
「……彼女も、レコードを持っているとは知らなかった」
「とても沢山お持ちですよ。それにお二人は音楽の趣味も合う」
「例えば何を持っていた」
「それは、ご自分でおたずねになってください」
「それが出来たら苦労はしない」
「でしょうな」
 わかっているが、それでも教えないという頑なな意志を感じ、ガウスはダグラスを仮面越しに睨む。
「せっかく共通のご趣味があるのです、これをきっかけに仲を深めては?」
「仲を深めないために、彼女と結婚したんだぞ」
 顔を合わせる必要も、会話をする必要もない相手だからこそ、ガウスはミシェルを妻に選んだのだ。
 ガウスは、自他共に認める大の人間嫌いだ。幼い頃親に捨てられ、魔法のない国で孤児として育った事が原因だ。
 小さな頃は誰かに愛されたいと願った事もあるが、その身の魔力を持て余し、闇の魔法を暴発させては人を傷つけてしまう事も多かったガウスは、皆に恐れられ嫌われていた。
 特に彼が育った国ではヘイムと違い魔法への理解もなく、押さえ込む術を教えてくれる者もいない。故に周りの者たちがガウスに取る態度は恐れるか殴るかのどちらかで、殴られないだけマシだと思い、恐怖を煽る不気味な仮面をつけるようになったのは七つの幼い頃からだ。
 恐怖はガウスから人を遠ざける。そうすれば、誰も傷つけずに済むと彼は考えたのだ。
 そうやって生きているうちに、ガウスはすっかり人間というものが苦手になっていた。
 それでもなんとか大人になれたのは、十四才のときにヘイムの騎士団に拾われたお陰だ。
 ガウスを見つけて騎士団に迎えたのは、当時まだ王子だったミシェルの父レイスだった。彼の下でガウスは魔法の扱いを学び人間らしい振る舞いやヘイムの言葉を学んだ。
 レイスは初めてガウスに優しくしてくれた人間で、心を許せる数少ない相手だ。だから自分の娘と結婚して欲しいと言われ、破格の条件まで提示されて断りきれなかった。
 しかし同時に、彼は自分に嫁がされた姫を哀れにも思っていた。
 ヘイムに来て多少は真っ当になったとはいえ、彼の魔法は今なお人に恐れられるほどの破壊力を持ち、時に残忍だ。そのせいで完全にいき遅れ、もう三十も半ばとなった彼は妻とはだいぶ年の差もある。
 だからこそ逆に、ガウスはミシェルと徹底的に距離を置こうと決めたのだ。
 妻もまた引きこもりだと言うし、側にいるよりも適切な距離を取った方が彼女も喜ぶだろう。結婚の挨拶も手紙で済ませたし、必要以上の交流を持つ気もなかった。
(なのにあんな……、あんな方法で話しかけられるとは思わなかった)
 言葉ではなかったが、あの選曲は絶対ガウスに向けたものだ。それに驚きすぎて久々に魔法を暴発させた自分を情けなく思いながら、隣の部屋の方へと視線を向ける。

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