【41話】亡霊騎士と壁越しの愛を
■エピローグ
遠く、トランペットが奏でるジャズの音色が響いている。
それに気づいたミシェルはぱっと顔を上げ、裏庭へと続く扉へと駆け出した。
外はまだ明るく、日も高い。
しかしミシェルは、躊躇う事なく扉を開けた。
とはいえ外に出るのはまだ勇気がなく、ミシェルは開けた扉越しにそっと外を覗く。
するとかつてミシェルが一人で過ごしていたガゼボの側にガウスが立っていた。その側には蓄音機が置かれ、音楽が流れているのはそこからだろう。
「ああ、もう見つかってしまったのか」
ガウスがすぐさまミシェルに気づき、彼女の元まで歩いてくる。騎士である彼は気配に聡いのか、ミシェルが視線を向けると絶対に気づいてくれるのだ。
「知らない曲が聞こえてきたのでつい」
「君は耳が良いな」
「新しいレコードですか?」
「君と踊ろうと思ってこっそり買っておいたんだ。約束をしただろう?」
言いながら、ガウスがそっと腕を差し出す。
その手を取り、ミシェルは太陽の下へとゆっくりと進み出た。
ガウスと身体を繋げるようになって以来、少しずつミシェルの身体には彼の魔力が蓄積するようになった。そのお陰で彼女の身体は回復し、少しの間なら太陽の下に出る事も出来るようになった。
とはいえ今もまだ、太陽の下に出る一瞬は緊張する。けれどそれを察したガウスが優しく手を引いてくれると、ためらいなく外に出られるのだ。
「ミシェル、今日も俺に踊り方を教えて欲しい」
蓄音機の側までやってきたミシェルは、微笑むガウスにそっと腰を抱き寄せられる。
メイソンの一件が片付いてから、二人は約束通り踊りの練習をする事になった。
最初のときは散々なステップになったが、手を取り合い音楽に身を委ねるダンスをガウスはとても気に入ったらしい。
時間があると、こうして彼はミシェルを抱き寄せ誘う事が増えた。
「でももう教える事はありませんよ。ガウス様は、ダンスがとってもお上手です」
最初こそ動きが拙かったが、騎士だけあってガウスは運動神経がいい。
いつしかミシェルを完璧にリードするまでになり、今も音楽に合わせ自然と身体を動かし始める。
(情けないところも多いけど、ガウス様って何でも出来るし凄い人なのかも)
近頃、ミシェルは自分の夫の能力の高さをしみじみ感じている。
ミシェルだけでなく、近頃はヘイム国の皆がガウスの能力と魅力に気づいたと言っても過言ではない。
メイソンとの一件を片付けた事で、彼は評判を上げた。最近は髑髏の仮面もあまりつけなくなったため、人々から怖がられる事も減ってきている。
ミシェルの予想通り女性人気も高くなっているようだが、今のところそれを不安に思う必要はなさそうだ。
「まだまだ。だから君に手取り足取り教えて欲しい。そうしている間は、可愛い妻を独占出来るからな」
ミシェルの懸念を吹き飛ばしてくれるのは、この甘い笑顔だ。気持ちが繋がってから、彼の愛情表現は過剰になり、声さえも甘くなった気がする。
「近頃は、踊っていないときでも始終くっついているじゃありませんか」
「くっつかれるのは嫌か?」
問いかけにミシェルは首を大きく横に振る。するとガウスはうっとりするほど素敵な笑顔を浮かべた。
(でもここまで大好きって感情をぶつけられると、嬉しいけどちょっと恥ずかしい……)
周りの評価は変わりつつあっても、ガウスは相変わらず基本人見知りでこうした笑顔を見せるのもミシェルの前だけだ。
愛を囁くのも、甘く微笑むのも自分だけなので、いらぬ嫉妬心や不安をミシェルは抱かずに済んでいる。
人見知りは少しずつ治るかもしれないけど、それでもガウスの心が自分以外に向く事はないという実感も今はある。
「ミシェル」
音楽に合わせて身体を揺らしながら、ガウスが優しく名前を呼ぶ。
「はい、ガウス様」
そしてミシェルも、優しい声で応える。その顔には以前はなかった微笑みが浮かび、耐えきれないとばかりにガウスが素早くキスをした。
「名前を呼び合いながら踊るのも悪くないな。壁越しに会話をするより、ずっといい」
「まあ、あれはあれで楽しかったですが」
「またやろうか?」
「それも楽しそうですけど、今日はこうしてガウス様の近くにいたいです」
「なら今日は、二人でずっと踊っていようか」
ガウスの提案に頷いて、ミシェルは夫の手と音楽に身を委ねる。
笑顔を重ねながら踊る幸せな時間は、きっといつまでも続く。
そんな予感とジャズの音色に包まれながら、二人はそっと愛の言葉を囁きあった。
【了】