【36話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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■第八章

 レイスのスープが効いたのか、はたまたミシェルがすぐに魔力を返したのが良かったのか、一日もたたずガウスは無事元の調子を取り戻した。
(いや、元通り……ではないかも……)
 ベッドから降りる許可が出るなり、ミシェルを抱きしめたまま一向に離れない夫の姿に、彼女は喜びと戸惑いを感じていた。
 今もレコードをかけたまま、二人はソファにくっついて座っている。
 ガウスが腕を放してくれないため、ミシェルは彼の膝の上に座っている状況だ。
 嬉しいけど恥ずかしくて、ミシェルは何も言わずされるがままになっている。ジェーンもダグラスもそれを見て何も言わないため、完全に咎めるタイミングを逃していた。
(いやでも、嬉しいし私はこのままでもいいんだけど……)
 こうしてくっついていると、どうしても一つ気がかりな事を思い出してしまう。
(あの香水の女性は、いいのかしら……)
 再会したとき、会いたかったと告げてくれた言葉に嘘はなさそうだった。
 ただそれでも、気になってしまうものは気になってしまうのだ。
 ミシェルの勘違いだったのかもしれないが、それでも尋ねないでいるのは難しい。
(でも、ちゃんと聞いておこう。せっかく元の生活に戻れそうなのに、すれ違うのは嫌だもの)
 笑顔になる練習をしようと笑ってくれた顔を信じて覚悟を決めようと、ミシェルはガウスの顔を覗き込む。
「あ、あの……ひとつ、聞きたい事があるのですが」
「なんだ?」
「こ、香水……の……あの……」
 しかしいざ口を開くと、何と尋ねれば良いかがわからなくなってしまう。
 好きな相手の女性関係を尋ねるというのは、もの凄く難しい事なのだとミシェルは今更のように気づく。その上城では今まで以上に誰とも喋らずにいたので、何だか口が上手く動かない。
「香水?」
 しかしガウスはミシェルの戸惑いを察知し、辛抱強く待ってくれる。
「女性物の香水が……手紙についていて……」
「ああ、あの香水か! 気に入ってくれたのか?」
「気に入る?」
「手紙についていたという事は、たぶん贈った香水の事だろう? アレを買うのは、実に苦労したんだ」
 笑いながら、ガウスは震えながらレイモンドと香水店に出かけた話を語り出す。
「店員に薦められて試したが、一つ目で匂いに酔ってしまってな……。仕方なくそれを買ってきたのだが、もっとちゃんと選べば良かったと実は後悔していたんだ」
「じゃああの香りは、女性が側にいたからついたものではなかったのですね」
「女性?」
「お手紙から女物の香水の香りがしたので、私てっきりどなたかがガウス様のお側にいたのかと」
「俺がくっつける女性はミシェルだけだぞ? 香水店の店員でさえ怖くて、間にレイモンドがいないと会話も出来なかった」
 ガウスの言葉に、ミシェルは何だか猛烈に恥ずかしくなる。
「ごめんなさい。私、いもしない女性に嫉妬をしていました……」
 嫉妬という言葉に、ガウスは慌て出す。どうやら自分の行動がミシェルを誤解させていたと、そこでようやく気づいたらしい。
「俺には君だけだ!」
「でもガウス様は素敵な方だから、呪い持ちの自分には相応しくないと思ってしまって」
「もしや、手紙の返事をくれなかったのもそう思っていたからか」
「はい……」
 しゅんとしていると、宥めるようにガウスがミシェルの頭を撫でる。
「むしろ俺こそ君を不安にさせてすまない。もっとちゃんと、俺には君だけだと言うべきだったな」
 言いながら、ガウスはそっとミシェルと唇を重ねる。
「本当はずっと前から、君が好きだった。俺は魔力を渡すためだと言っていたが、多分君が好きだからこうしたかったんだ」
「ほ、本当に?」
「ああ。しかし、愚かにもそれになかなか気づけなかった」
 そこでもう一度唇を奪われると、彼の好意が温もりと共にミシェルに伝わってくる。
「私も、旦那様が好きで……。だから、些細な事で嫉妬をしてしまって……」
 ミシェルが言うと、何故だかガウスは苦しそうな顔で口元を押さえる。
「……うぅ、まずいな」
「怒っていますか?」
「違う、嬉しすぎて頭がおかしくなりそうなんだ」
「本当に?」
「怒る訳がない。好きだと言われて、喜ばない奴があるか」
「確かに、わ、私も……今更嬉しくてドキドキしてきました……」
「嬉しいが、これは戸惑うな……」
「ええ、どうしましょう」
「ど、どうしよう」
 しばし見つめ合うが答えは出ず、二人は真っ赤になってうつむく。
 嬉しくて、でも何故か胸が苦しくて、落ち着かない気持ちになりながら、ミシェルはガウスのシャツをぎゅっと掴んだ。
 そしてガウスも、ミシェルの腰に回した腕に力を込める。
「とりあえず、これから毎日……こうしてくっついてもいいだろうか」
「も、もちろんです」
「あ、あと、その……あの……」
 言葉に詰まるガウスに、今度はミシェルの方が辛抱強く待つ。

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