【28話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 鍵をかけられ、厳重な結界の張られた扉はこちらからは決して開かない。
 この扉だけでなく廊下に続く扉さえ、ミシェルの手では開けられないようになっていた。隔離せねばならぬほど強い呪いが自分にかけられているからだとわかってはいるが、身体に変化もないためイマイチ実感はない。
 少し身体が重い気がしたが、身体の不調はいつもあるので普段通りとも言える。
(そうよ、いつもと同じ……。呪いがひとつ増えただけだし、また昔に戻るだけだわ)
 もうずいぶん前から、ミシェルは外に出られず部屋の中で過ごしてきたのだ。
 むしろ自分は誰にも会わず、一人きりで過ごすのが好きだったはずだ。この結婚だって、元々はガウスと顔を合わせないという条件で受け入れたのだし、一人に戻るのなんて訳ないはずだ。
「前に戻るだけ。それだけよ……」
 言葉ではそう言い聞かせつつ、気がつけばミシェルはそっと扉に触れてしまう。
 結界のせいで、扉の向こうの音も気配も伝わってこない。それでもガウスを探すように、ミシェルはつい耳をそばだててしまう。
 そこでミシェルはハッと我にかえり、慌てて扉から一歩離れた。
 同時に目の奥が熱くなり、ミシェルは慌ててぎゅっと唇を噛む。
「……戻るだけ……なのに……」
 どうしようもなく、ガウスに会いたいと思って気持ちが溢れて、涙と一緒にこぼれ出す。
 会えば彼を傷つける。下手をしたら殺してしまうかもしれない。
 なのにガウスが倒れる様を目の当たりにしてもなお、彼の顔が見たいと思ってしまうのを止められなかった。今すぐ彼に触れたい。もう一度口づけたいと願う自分が情けなくて、ミシェルはこぼれる涙を必死で拭う。
「私、妻失格ね……」
 こんな状況でも彼を恋しく思うなんてと、ミシェルは自嘲する。
 そのまま扉をぼんやり見つめていると、不意につま先に何かが当たった。
 驚いて下を見ると、小さな紙が扉の下から顔を覗かせている。
 慌てて拾い上げると、見覚えのある文字がそこには並んでいた。
『そこにいるのか?』
 何気ない言葉ひとつに涙がこぼれそうになり、ミシェルは慌てて目を拭う。
 拾い上げると、紙には結界をくぐり抜ける魔法がわざわざかけられているようだった。ガウスがかけたのだと察しながら、ミシェルは素早く言葉を書き加えて扉の下に差し入れた。
『ここにいます』
 こちらも短い言葉を返せば、すぐまた紙が戻ってくる。
『声が届かないが、紙ならいけるらしい』
『こうやって話すのは、久々ですね』
『ああ。たまには悪くない』
 その一言を読んだミシェルは、ガウスが自分を元気づけようとしているように思えた。
 ガウスは鈍いようで時々鋭い。だからきっと、扉の前で途方に暮れていた事に気づかれている気がした。
『……今、何をしていますか?』
『レイスが作った、滋養のつくスープを飲んでいた。正直吐きそうだ』
『味はひどいですが、父のスープは効きますよ』
『飲んだ事があるのか?』
『魔力を奪われてからしばらく、毎日飲まされていました』
『地獄だな』
『でもお陰で少しずつですが魔力の量も増えました』
『……なら、頑張って飲むか』
 そう言いつつ、文字が若干震えているのがおかしくて、ミシェルはクスッと笑う。
『ミルクを少し多めに入れると味がマシになります』
『やってみる』
 そこで少し間が空き、それから少しして新しい紙が返ってくる。
『君は天才だな。味がだいぶましになった』
 右上がりの文字から彼が本気で感激しているのが伝わり、ミシェルはもう一度笑う。
 それから二人は、他愛のないやりとりを続けた。
 気がつけば日が沈み、夕飯の時間になったが、今日だけは部屋で食べさせて欲しいとお願いした。
 行儀が悪いと思いつつ扉の前でパンをかじっていると、ガウスも同じようにしていると言った。
『ダグラスに叱られた』
『私はジェーンに白い目で見られました』
『同じだな』
『一緒ですね』
 そんな他愛ないやりとりさえ楽しくて、寝る間も惜しんで二人は語り合った。
「……お嬢様」
 いつまでも喋っていたかったのに、ジェーンが辛そうな声で肩を叩く。
「そろそろ……荷物をまとめませんと……」
「……持っていくものはこれしかないから、大丈夫よ」
 そう言って、足下に溜まった『会話』の束をミシェルは一つ一つ大事に拾い上げた。
 それからミシェルは新しい紙に、別れの言葉を書き連ねる。
『今までのお礼に、私のレコードは全てここに残しておきます。旦那様の好きな曲は右の棚の上から三番目です。こんなものしか残せなくて申し訳ありませんが、受け取っていただけると嬉しいです』
 そして最後に愛していると書きかけて、ミシェルは手を止めた。
「そうか、私は……旦那様を……愛していたのね」
 好きでは足りないほど深く、ミシェルはガウスを想っていた。
 そんな当たり前の事に今更気づいたが、ミシェルは結局その文字を塗りつぶした。
 塗りつぶしても気持ちは消えないけれど、遅すぎる告白は伝えない方が良い気がしたのだ。
 ミシェルの呪いは解けるとは限らない。そうなったら、二人は二度と会う事は出来ないだろう。そして祭りで見せたガウスの寂しげな顔や彼の過去を思うと、二度と会えない妻に彼を縛り付けたくなかった。
(ガウス様は、普通の愛を知るべきよ。触れて、楽しくおしゃべり出来る人と幸せになるべきだわ)
 それが自分でありたい。けれど元に戻れる可能性が低いのは、ミシェルも薄々わかっている。
 だから芽生えたばかりの気持ちを消して、別の言葉を書き添える。
『どうか、お元気で』
 さよならとは書けなかった弱い自分に情けなさを覚えつつ、ミシェルは最後の言葉を扉の隙間に滑り込ませた。

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