【27話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 彼の首筋には、蛇を思わせる黒い痣が刻みついている。不安になってシャツのボタンを外すと、痣はガウスの上半身を不気味に覆っていた。
「これは、呪い……ですか?」
「その一種だ。お前が寝ている間に呪いに詳しい魔法使いに調べさせたが、魔力を奪うものらしい」
 魔力を奪うと聞いた瞬間、浮かんだのはメイソンの顔だ。
 ふた月ほど前、メイソンが魔力を奪う魔法を開発したという話をしたのは目の前のレイスだった。
「それが、どうして俺に……」
「祭りの夜、国の結界が破れたのは覚えているな」
「はい。同時に苦痛の魔法が放たれた気配を感じ、咄嗟に結界を再構築しました」
「お陰で魔法はすぐに消えたが、あのときメイソンが国に入り込んだのだろう。そしてお前とミシェルに……呪いをかけた」
「ミシェルにも?」
「調べたところ、その呪いは二つで一つのもの。簡単に言えば、お前の魔力を強制的にミシェルへと送るものなんだ」
 確かに、ガウスの身体にはあるべき魔力が欠けていた。倒れたときよりは回復しているが、あっという間に満タンになる魔力がどこからかこぼれているような感覚がある。
「ミシェルが特別な結界の中にいるので、今は少量で済んでいる。だがそれがなければ命を削るレベルで魔力が彼女に送られてしまう」
 そのせいで、知らぬ間にガウスは一度死にかけたのだと告げるレイスの顔には苦悶が満ちていた。
「呪いは、解けないのですか?」
「難しいだろう。たぶん、かけた本人にしか解けない……」
「なら、メイソンを探さねば……」
「むろん騎士たちが必死に探している」
 しかし捜索は難航しているのだと、レイスの疲れ果てた声が語っていた。
「だが必ず見つけ出す。だからしばしの間、お前はここでじっとしていてくれ」
「いえ、俺も……」
 そう思って起き上がろうとしたが、思うように身体に力が入らない。
「結界を張り直した反動がまだ残っているだろう。とりあえずお前もミシェルも、今のところは無事だ。だから今は大人しく寝ていろ」
「……彼女に、会う事は出来ますか?」
 ガウスの質問に、レイスは顔をしかめた。
「彼女を結界の外に出す事は叶わぬ。今のあの子は、お前を殺す存在だ。側にいるだけで毒のようにお前を蝕み、触れればたちどころに魔力を削られてしまう」
「では、顔を見る事も叶わないのですか……」
「声を聞くのも駄目だ。あの子の全てが、お前の魔力を削ぐ刃なのだ」
 レイスの言葉に、絶望がガウスを襲う。
 昨日まではあんなに側にいたミシェルに、もう二度と触れられない可能性もあるのだ。
「ミシェルも、それを知っているんですか?」
「ああ。だから部屋から出ず大人しくしている」
「……なら、隣に?」
「いる。だが、しばらくしたら城に移す。結界を張ってもなお魔力の流失は完全に止められぬし、ミシェルはお前以外の魔力を奪う可能性もあるそうだ」
 それはつまり、彼女がガウス以外の脅威にもなり得るという事だろう。
「メイソンは、何故そんな魔法をミシェルに……」
「思惑はわからぬ。だが魔力を持たぬ彼女だからこそ、狙われたのかもしれない。幼い頃に持っていた魔力の量を思えば、彼女は多量の魔力を蓄える事が出来る資質があるのだ」
「だから、利用されたと?」
「私はそう読んでいる。そして読み通りなら、いずれメイソンは魔力を蓄えたミシェルを得ようとするはずだ。そのときのため、呪いを阻む結界と守りを固めた部屋に彼女を移しておいた方が良い」
「……そこに、彼女を閉じ込めるんですか?」
「今は、そうするしかない」
 今だけだとレイスは繰り返した。
(だがメイソンが見つからぬ限り、彼女は自由にはなれない)
 そしてメイソンも、そう簡単には姿を現さないだろう。
 国の結界を崩すほどの事をやってのけたという事は、彼は以前より力をつけている。それにきっと味方も多くいるはずだ。
 国中に苦痛をもたらす歪んだ魔力を送り込む事など一人では不可能だし、協力者たちもまた手練ればかりかもしれない。逆に姿を見せても、下手をすれば返り討ちにされる可能性もある。
 良くも悪くもヘイムは平和な国だったため、騎士の多くは荒事に向いていない。唯一ガウスの部隊は戦闘に特化したものだが、なにぶん人数が少ない。その上主力であるガウスがこんな有様では、いざという時に立ち向かえるかと不安はつきない。
「すまないガウス。メイソンがここまで力をつけているとは思わず、甘く見すぎていた」
「それは俺の言葉です。陛下にメイソンの名前を聞いたとき、大事になるとは思わなかったのは俺も同じです」
 死んでいたとさえ思っていた男が、まさかここまで力をつけているとは思わなかった。
(俺も平和ぼけをしていたという事か……)
 そしてそういうタイミングを、メイソンはあえて狙っていたのかもしれない。
 かりそめの平和はいつか終わるというメイソンの言葉を思い出しながら、ガウスは悔しさに拳を握り締めた。

   ◇◇◇      ◇◇◇

『明朝、日が昇る前に迎えをよこす。必要なものだけ持って帰城せよ』
 父からの手紙を読みながら、ミシェルはついに来たかと項垂れる。
 自分とガウスにかけられた呪いについて父から説明を受けたときから、城に帰る事は決まっていた。
 ただ結界の構築に時間がかかるため数日の猶予はあると言っていたが、思いのほか準備が整うのは早かったらしい。
 祭りの夜から今日で二日。ガウスは昨晩目が覚めたようだが、ベッドから出るのがやっとらしく結局顔は見れていない。
(もしかしたらもう、二度と……会えないのかも……)
 仕方のない事だと言い聞かせつつ、気がつけばミシェルはガウスの部屋と繋がる扉の前に来ていた。

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