【25話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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■第五章

 誰かが、ミシェルを呼ぶ声がする。
 それがガウスだったらと願いながら目を開けると、目の前にあったのは夫ではなく父の顔だった。
「ああよかった。ミシェルも目を覚ましたぞ」
 安堵する父レイスの様子に、ミシェルは戸惑いながら身体を起こす。
 どうやら自分はガウスの屋敷まで運ばれたらしい。
「身体の具合はどうだ?」
「ええ。でも、何故お父様が……」
「祭りで倒れた事を、覚えていないのか?」
 レイスの言葉に記憶をたぐり寄せると、突然警報が鳴り響いたときの事までは思い出す事が出来た。
「そうだ、旦那様は!? 彼はご無事ですか!?」
「ああ。かなり疲弊しているが、無事だ……」
 レイスの言葉にほっと胸をなで下ろし、ゆっくりと身体を起こす。
 ふと窓の外を見ると、もう既に辺りは明るい。どうやら、一晩ほど気を失っていたらしい。そのせいか、意識を失った瞬間の事を思い出そうとすると、ひどく頭がぼんやりした。
「あの、昨晩は何が……」
「詳細は調査中だが、どうやら国を守る守護結界が破られたようだ。同時に、魔力に作用する正体不明の魔法が放たれ、お前のように倒れてしまった者もいる……」
「国民たちは皆無事なのですか?」
「ああ、問題ない。むしろガウスの様態がひどく、故に私がここに来たのだ」
 レイスは、この国一番の治癒魔法使いでもある。そして国の一大事にわざわざ出向いてきたという事は、ガウスの具合はそれほど悪いのだろう。
 慌ててベッドを降りようとすると、そこでレイスに止められる。
「今はもう無事だから心配するな」
「でも、最後に見たときはとても苦しそうにしていらして……」
「それほどの魔法を使ったのだ。ガウスは攻撃だけでなく守りの魔法にも強い。故に結界に問題が発生し、かつ守りの魔法使いたちが機能せぬときは、奴が建て直す任を負っている」
「でもお一人でなんて負担が大きすぎる」
「だから滅多な事ではやらぬ」
 でもその滅多な事が、昨晩は起きたのだろう。
「あやつが即結界を再稼働させたお陰で、国民には犠牲が出ずに済んだ。あの得体の知れない魔法を更に受け続けていたら、もっとひどい事になっていたかもしれない……」
「しかし、それほどの魔法をだれが……」
「外の国から、ヘイムの平和を脅かそうとする動きがあるのだ。だがお前は心配せずとも良い、私や騎士たちが全て解決する」
 ミシェルを安心させるように、レイスの大きな手が頭を撫でてくれる。父との久々のふれあいにひとまずほっとしたけれど、解決に当たる騎士の中にガウスが含まれている事を思うと不安もあった。
「あまり、旦那様に無理はさせないでくださいね」
「おや、ずいぶんとあれの心配をしているな」
「何故驚いた顔をするのです? 夫の心配をするのは当然でしょう」
「だってお前、最初はガウスを夫にする気なんてなかったじゃないか」
「それでも無理矢理夫にしたのはお父様でしょう」
「お前たちは仲良くやれると思ったのだ。実際、ガウスの事は嫌いではないだろう?」
「まあ……」
「そこは『はい、大好きです!』と言うところだぞ」
「す……」
 真っ赤になって黙り込んだミシェルに、レイスは笑う。
 からかうような父の顔がなんだか面白くなくて、ミシェルは拗ねた気持ちで頭に乗ったままの手を押しのける。
「まあ、仲良くやっているようで安心したよ。このまま、孫の顔まで見せてくれたら更に嬉しいんだが」
「お、お父様……!」
 何を言い出すのかと戸惑っていると、そこで隣の部屋が何やら騒がしくなる。
「まだ起きてはいけません!!」
 怒鳴っているのはダグラスのようだと思った矢先、ガウスの寝室と繋がる扉がもの凄い勢いで開く。
「……ミシェル……無事……か……」
 そして現れたのは、ひどい顔色のガウスだった。
 唖然とするミシェルの方へと近づいてくる彼に慌てたのか、背後からはダグラスが、正面からレイスが止める。
「寝ていろと言っただろうこの馬鹿が」
 強めの口調で叱ったのはレイスだ。けれどガウスはそれを無視するように、ミシェルの方へと震える腕を伸ばす。
「無事か……確認を……」
「娘は無事だ」
「顔が、見たい……」
「わかったからまずベッドに戻れ。ミシェル、悪いがついてきてくれ」
 言われずとも、間近でガウスの無事を確認したかったのはミシェルも同じだ。
 自室まで引きずられ、ベッドに寝かされるガウスの側に彼女はそっと寄りそう。
 自力で毛布さえ持ち上げられない様子を見て、ミシェルは彼の状態が想像以上に悪いと察する。
「旦那様は、本当に大丈夫なのですか?」
「こやつは魔力の量と共に回復速度も尋常ではない。だから、明日にはケロッとしているだろう」
「でも、ずいぶん苦しそうです……」
 脂汗の滲む額をそっと拭ってやりながら、ミシェルはガウスの顔を覗き込む。
 そうしていると虚ろだったガウスの瞳がミシェルを捕らえた。
「ミシェル……」
 掠れた声が、もっと側に来て欲しいと訴えている。なにか言いたい事がある気がして、ミシェルはガウスの口元にそっと耳を近づける。
「……無事で、良かった」
 安堵の声と共に、ガウスがミシェルの頬に手で触れる。冷たい指先に驚いた直後、ガウスの手のひらがミシェルの頭の後ろに回る。
「……んっ!?」
 直後、顔を引き寄せられ、いきなり唇を寄せられる。
 背後で父が「おおっ」と興奮している気配を察して慌てて身を引こうとするが、気がつけば腕まで掴まれ逃げる事は叶わなかった。
 そうしているうちにキスは深まり、ミシェルの身体から力が抜けてしまう。

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