【24話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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「そのためにも、俺に踊り方を教えてくれるか?」
「もちろんです。といっても、私も人前で踊った事がないので下手ですが」
「謙遜するな。君はきっと、この世で一番の踊り子だ」
 甘い笑みをこぼしながら言い切るガウスに、ミシェルの顔がぱっと赤くなる。
 そんな彼女を愛おしげに見つめた後、ガウスがそっとミシェルの唇を奪う。
 触れるだけのキスはうっとりするほど優しくて、でも少し物足りない。
 もっと深いキスが欲しくて縋るようにガウスの手を取ると、彼は全てを理解した顔で頷いてくれる。
 だがガウスとの距離を詰めようとした矢先、急に彼が身を強張らせた。その上彼は、何かを警戒するように椅子から立ち上がる。
「ガウス様……?」
 妙な胸騒ぎを感じてガウスの顔を覗き込もうとした次の瞬間、ミシェルはヘイム国に満ちた魔力が変貌している事に気がついた。
 世界に満ちていた清らかな魔力が不気味に濁り、息苦しさが増していく。
 同時に、街中に警報が鳴り響いた。不安を誘うこの音色は、国を守る結界が破られたときに鳴る音だ。
(この魔力……。なにか悪いものがヘイムに無理矢理入り込んだみたい……)
 それは空気だけではなく、ヘイムの人々の中にも入り込もうとしているような気がした。
 魔力の薄いミシェルはともかく、多量の魔力を持つガウスはその影響を強く受けているのだろう。
 彼は身体を支えられぬほどの苦痛を感じたらしく、膝からゆっくりとくずおれる。
「ガウス様!」
 慌てて側に駆け寄ると、明らかに息づかいが荒い。
 そして彼だけでなく、周りにいた者たちも次々倒れ、中には苦しげにのたうち回る者もいる。
「……ミシェル、平気……か?」
「わ、私は……でも……」
「……すぐに、何とかする。……だがもし俺に何かあったら……ひとりで城まで走れ……」
 何かあったらとはどういう意味かと尋ねたかったが、それよりも早くガウスが魔力を紡ぎ呪文を唱え出す。
『され……悪しきモノ……。来たれ、我が眷属けんぞく……魔を退け、壁となれ』
 苦痛に満ちた声でガウスが紡ぎ上げた呪文が、彼の魔力を伴い右手から放たれる。
 ガウスの魔法は、周囲に満ちた淀んだ魔力を消し去りながら瞬く間に広がった。
 更にもう一度同じ呪文を唱えながらガウスが指を鳴らすと、今度は警報が消える。
 途端に歪んだ魔力は浄化され、周りの人々の様子も元に戻り始めた。
「結界は……俺が直した。これで……君は安全だ……」
 結界が直ったという言葉に、ミシェルはほっとする。だがすぐに、ほっとしたのは間違いだと気がついた。
 国を守る障壁は、腕利きの魔法使い十人がかりでやっと発動出来るものだ。
 それを多分ガウスはたった一人で直したのだ。
 正直、正気の沙汰ではない。出来るほどの魔力があるだけで驚きだが、可能だとしても相当の魔力を消耗しただろう。
 淀んだ魔力が消えてもなお、苦しそうに身悶え始めたのは魔力の枯渇が原因だ。
 それを察したミシェルは、慌てて自分の魔力を分け与えようとした。
「大丈夫……だ……。君が、倒れてしまう……」
 ガウスは言うが、このまま放っておく事など出来はしない。
 抵抗する気力さえないガウスの身体を抱き寄せ、ミシェルは魔力を移そうと決める。
「――そんな事をすれば、あなたの方が無事では済みませんよ」
 そのとき、落ち着いた男の声がミシェルの背後で響いた。
 驚いて振り返ると、そこには魔法使いのローブを纏った男が一人立っている。
 ローブのあつらえは良いが、見た事のない装飾と色なのでヘイムの者ではないとわかった。
 同時に嫌な予感を覚えたが、男と目が合った途端ミシェルの身体が動かなくなる。
(なに……これ……)
 石にでもなったかのように、指一本動かせない事に戸惑っていると、男はミシェルの側に膝をついた。
 そして意識がもうろうとし始めているガウスへと顔を向ける。
「残念だよガウス。こんなにも人間らしくなってしまって、本当に残念だ……」
 ガウスを見つめる男の眼差しと声には、落胆と憎悪が満ちていた。
 危険を感じたミシェルは助けを呼びたかったが、声さえ出ない。それどころか、何故だか意識ももうろうとしてくる。
「……だが、人になるというなら復讐には好都合だ。利用出来る『器』も、もう一つある」
 そこで男は、ミシェルへと視線を戻した。
「この私が、君たちを助けてあげよう。……その代わり――――だよ、いいね?」
 男は何か大事な事を告げた気がしたのに、ミシェルはそれを認識出来ない。
 なのに彼女の口からは「はい」とか細い声がこぼれていた。
「良い子だ。では後は私に任せてお眠り……魔力なしの姫君」
 不安に戸惑う心を置き去りにしたまま、身体は男の声に従いゆっくり目を閉じる。気がつけばガウスと繋いでいた手も離れてしまい、ミシェルは孤独と恐怖の中で意識を失った。

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