【20話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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■第四章

「隊長、悪いものでも食べました……?」
 副官のレイモンドが、吐き気をこらえるような顔でガウスにそう尋ねたのは、キスを毎日の習慣にしようと決めた翌日の事であった。
 朝一番に騎士団にやってきた彼が書類整理をしていると、やってきたレイモンドが部屋に入るなり飛び上がったのだ。
「いや、特に食べていないが?」
「でも今、鼻歌を歌っていたでしょう」
「俺が?」
「ええ、コミュ障で引っ込み思案で浮かれたところがひとっつもなかった隊長が、歌ってました」
 何やらひどい事を言われたような気がしたが、どういうわけだか今日は気にならない。いつもは他人に何を言われても悪く取り『死にたい』とか『俺は生きている価値がない』と思うのが常なのに、今日はわかりやすい悪口にさえ動じない。
 多分それもこれも、ミシェルのお陰だろう。
 彼女が自分を受け入れ、肯定してくれるようになったお陰で、ガウスの心はずっと晴れやかで幸せなままだ。
「今も口元がニヤニヤしてるし!」
 レイモンドが指さしたのは、仮面に覆われていない口元である。
「気持ち悪さが増してますし、あなたついにやっちゃったんでしょう!」
「やるとは?」
 首をかしげたガウスに、レイモンドが更にげんなりした顔をする。
「寝たかってきいてるんですよ。女性と、裸で、真夜中に!」
 そこまで言われれば、恋愛経験皆無なガウスもさすがに理解する。
「な、馬鹿を言うな」
「でも、隊長がものすごく上機嫌なのでてっきり」
「俺とミシェルは健全だ」
「いやむしろ不健全でしょう。お二人は結婚してるんですよね?! 新婚ですよね?!」
 真っ当なツッコみに、ガウスはぐっと呻く。
「なら一体なにをして、そこまで浮かれてたんです?」
「それは、まあ、その……」
「まさかキスとか言わないでくださいよ?」
 言い当てられた驚きを隠せずにいると、レイモンドは信じられないものを見たと言いたげに天を仰いだ。
「あんたいくつですか……」
「だ、だってキスだぞ……」
「野郎とはいっぱいしたでしょう」
「それが、男とのキスとは全然違ったんだ!」
「当たり前ですよ!! 今初めて知ったみたいな顔しないでください! 痒いです心臓が!」
 そう言われても、今までは女性とした事がなかったのだから知りようがない。
「仕方ないだろう。ミシェルと出会うまでは、女性と二分以上話す事さえ出来なかったんだぞ」
「堂々と言う事じゃないでしょうに。……っていうか、それでよくキスまでたどり着けましたね」
「ミシェルに、魔力を与える際に出来たんだ」
「あ、なるほど。じゃあせいぜい、嫌われるようなキスだけはなさらないように」
「待て、嫌われるキスがあるのか!?」
「そりゃあ下手だったら嫌われますよ」
 自分はどうだろうかと悩むが、そもそも女性としたのが初めてなのでわからない。
「あと、強引にするのもダメですよ? 本来キスは、適切に距離を縮めてからするものですから」
「お前詳しいな」
「隊長と違って、女にモテるんで」
 レイモンドはガウスを馬鹿にするために言ったようだが、当人はそれに気づかず「女性に人気があるなんて凄いな」と感心する。
「なら、キスについて詳しく教えてくれないか」
「いやですよ、男に教えるなんて!」
 自分だって、好き好んで副官にキスの教えを請いたい訳ではない。
 しかし自分一人では女性の扱いさえろくにわからないのだ。
 以前はからかわれてなるものかと意地になったが、ミシェルとの距離を縮められるなら藁にでも縋りたいと今は思っている。
「以前お前の助言を突っぱねた事は謝る、だからどうかキスの方法と女性との距離の縮め方を教えてくれ」
「わかったから縋り付かないでください! 隊長の仮面、間近で見ると怖いんですから!」
 腕に縋り付いていると、レイモンドが悲鳴にも似た声を上げる。
「とりあえずあれです、距離感を図るためにも、一度デートでもしてみりゃいいんじゃないですか?」
「デート……俺にデートをしろというのか……?」
「地面を抉るほどの破壊魔法を使えるくせに、なんでデートは無理みたいな顔してるんですか」
「魔法の方が容易い」
「普通は逆ですよ逆! ただ『デートに行こう』って甘い声で誘えば良いだけです」
「まず、甘い声の出し方を教えてくれ」
「そこから!?」
 勘弁してくれという顔をされたが、最後は隊長権限まで行使してガウスは妻をデートに誘う術を教えてもらったのだった。

   ◇◇◇      ◇◇◇

「デートに……興味はあるだろうか?」
 ある朝、突然言われた一言にミシェルが嬉しい悲鳴を上げそうになったのは、ガウスが部下に散々アドバイスを貰った一週間後の事であった。
 その一週間の間にガウスは百四十三回ほどデートの話題を出そうとして失敗し、レイモンドはもちろん部下やミシェルの父にまで「早く誘え」とせっつかれたが、それを知らないミシェルにとっては寝耳に水である。

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