【19話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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「……よかった、一緒……」
「一緒?」
「私もその……キスは、とてもよかったので……」
「嫌だったのではないのか?」
 ガウスの言葉に、ミシェルは首を大きく横に振る。
「嫌だったのではなくて、心地よすぎて身体が……変に……」
「変?」
「ガウス様の魔力に酔ってしまったのかも……」
「そうか、少し勢いよく注ぎすぎたのかもしれないな」
 悪かったともう一度謝りながら、ガウスは労るように頭を撫でてくれる。
「君は魔力が少ないから、いきなり注ぐと身体が驚いてしまうのだろう……。今後は、ほどほどにしよう……」
「じゃあしばらく、キスはなしですか?」
 思わずがっかりした声がこぼれると、そこでまたガウスが手で顔を覆いながら「うぐぅ」と呻く。
「キスを……したい、のか?」
「はい」
「……お、俺とでもか」
「旦那様とのキスが一番すきです」
 城にいた頃は家族としていたけれど、ガウスとのキスが一番良い。そう言って微笑むと、そこでまたガウスが小さく呻いた。
「お、俺も……君とのキスが一番好きだ……。色々な奴としてきたが、一番よかった……」
 ガウスの言葉に喜びかけて、そこでふとミシェルは思う。
「あの、ガウス様は……よくキスをなさるのですか?」
「まあな」
「それってあの……女性の方と……?」
 おずおずと尋ねると、ガウスが目を剥く。
「そんな訳ないだろう。……自慢でないが、俺は女性は……苦手だ」
「なら私は……?」
「き、君は別だ……! ただ、他の女性は俺を見て怖がるし、気持ち悪いと言うし、顔を見るなり逃げるから……嫌いだ……」
 だからミシェルとも、顔を合わせないのを条件に結婚したのだとガウスはこぼす。
「妻にまで、悲鳴を上げられたらと不安だったから、君で良かった……」
「私は絶対悲鳴は上げません」
「よかった」
「でもそれでしたら、他にどなたとキスを?」
「同僚の騎士たちだ」
「え?」
「ただ、するともの凄く嫌がられるんだ。嘔吐いたり、叩かれたりするし、そのたび傷ついた……」
「ま、待ってください、同僚の方と何故キスを?」
「君にしたのと同じ理由だ。魔力を渡すのに、口づけ以上に有効な方法はない」
 ガウスの仕事は、時に激しい戦いになる事もある。そういうとき、魔力を使い果たし倒れた騎士がいれば、ガウスが魔力を分け与える事が多いのだと彼は告げた。さすがに口移しで他者に魔力を与えるのは緊急時だけらしいが、そういう状況に陥る機会も多いのだろう。
「俺は、人と比べて魔力の量が格段に多い。だから人はもちろん、何かしらの魔導具の操作を行ったり、大規模な魔法を起動するときにも重宝されるんだ」
「でもいくら多いとはいえ、魔力を使いすぎて倒れたりはしないのですか?」
「倒れるほどの事はあまりない。ただ戦闘になると、何時間も魔法を使い続けるのはざらだからな。加えて他の者に魔力を供給していると、さすがに辛いときはあるが」
「……旦那様は、危険なお仕事につかれているのですね」
 父から彼の仕事については聞いていたが、今の話で改めてそう感じた。
 ミシェルのように極端に魔力が少ない者ならともかく、騎士になれるほどの者が倒れそうになるなんてよっぽどだ。
 そこでもしガウスに何かがあったらと不安になり、ミシェルは彼のシャツをぎゅっと握りしめる。
「案ずるな、俺は弱くはない」
 人と会話するより、よっぽど上手く剣と魔法を操れるのだとガウスは笑う。
 その言葉に安堵し、ミシェルはそっとガウスに寄り添った。
「でも最近は、会話もとても自然に出来ていますよ」
「それは君の方だろう。お父上から、異性とは一分喋るのがやっとだと聞いていたぞ」
「旦那様とは、不思議なほど話せるんです。それに嫌われたくないし、気持ちもちゃんと伝えたいなって」
「嫌うなどあり得ない」
「そう言ってくださるから、いっぱい言葉が出るんだと思います」
 ガウスは優しくて、辛抱強い。ミシェルの言葉にも嬉しい反応ばかり返してくれる。
 だから自然と声も出るし、普段なら黙り込んでしまうような状況でも頑張って喋ろうと思えるのだ。
「それにあの、キスもお上手です」
「本当か? 嘔吐きそうになったりはしないか?」
 不安そうなガウスに、ミシェルは大きく首を横に振る。
「ないです。叶うなら、毎日したいくらいです」
 思わず出た言葉に、ミシェルは息を呑む。これではキスをねだっているようだと気づいて慌てたが、ガウスの慌てぶりはミシェル以上だ。
「……そ、そういう事を言うと、本気にしたくなるからやめてくれ」
「ほ、本気……です」
「……」
「……」
 気まずくなって、二人は押し黙る。
 さすがに素直になりすぎたとミシェルは反省したが、こういう場合のさじ加減がまだわからない。
(でも、旦那様は絶対困ってる……)
 毎日キスして欲しいなんておこがましすぎると自分を叱責していると、そこで不意にガウスがミシェルの肩を抱き寄せた。
「……なら、本気にする」
 長い沈黙の後、震える声と共に顎をそっと掴まれ、ささやかな口づけが施される。
 魔力を与えるという大義名分のないキスは、嬉しさと恥ずかしさをミシェルにもたらした。
「……普通のキスは、こういう感じでいいのか?」
「た、たぶん、こういう感じだと思います」
 おずおずと尋ねてくるガウスに答え、ミシェルはそっとガウスの方に身を寄せる。
「……夫婦なのだから、毎日……しよう」
「はい、私たち……夫婦なのだからしてもいいですよね」
 自分たちに言い聞かせるように言ってから、二人はもう一度だけキスをする。
 先ほどの深さが嘘のような拙いキスだったが、とっても素敵だとミシェルは思った。

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