【17話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 そこでミシェルは、ガウスにまだちゃんとお礼を言っていなかった事を思い出す。
「あ、あの……先ほどは本当にありがとうございます」
「いいんだ」
「でも、帰宅されたばかりだったのに」
「気にするな。むしろ、こんなだらしない格好のときにすまない」
 そう言って慌ててシャツの襟元をあわせたところで、ガウスが「ん?」と怪訝な顔をする。
 彼は恐る恐るといった手つきで自分の頬を撫でた。同時に引きつった表情を見て、ミシェルの方も慌てる。
「……あの、もしやお怪我でもなさったのですか」
 痛いところでもあるのかと心配になって、ついガウスの頬に触れる。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
 次の瞬間、ガウスはもの凄い悲鳴を上げ、背後にあるカーテンの裏へと駆け込んだ。夫の奇行に驚きつつ、ミシェルは「旦那様……!?」と慌てて後を追う。
「すまない、すまない、本当にすまない……」
「あの、何故謝られるのかわかりません」
「この、醜い顔を見せてしまった」
「醜い?」
 そんな事を全く考えていなかったミシェルは、歪に膨らんだカーテンを見つめる。
「君の目を、穢したくなかったのに」
「穢れてなんておりません。むしろあの、とても綺麗なお顔なので、私の方がお目汚しになるかと」
「君は綺麗だ!!」
 ガウスの力強い言葉に、ミシェルは顔を真っ赤にする。
「綺麗で……だから……こんな顔では……」
「こんな顔ではありません。誰が言おうと私は……」
 勇気を振り絞り、ミシェルはカーテンにそっと手をかける。
「私は、とっても素敵なお顔だと思います」
 ゆっくりとカーテンをめくると、ミシェル以上に顔を真っ赤にしたガウスが固まっていた。
 自分と同じ反応をしているとわかり、何だか少しほっとする。
「私たち……褒め言葉に、慣れていなさすぎますね……」
 思わず告げると、ガウスの方もようやく緊張と警戒を解いたらしい。
「君は、変わっているな」
「よく言われます」
「まあ俺も、人の事は言えないが」
「でもそこが嬉しいです。同じく変わり者だし、音楽が好きだし、旦那様が……旦那様で良かったです」
 ミシェルは、ずっと胸にしまっていた言葉をひとつずつ口にしてみる。
 誰かに気持ちを伝えるのは苦手だったはずだけれど、一度やってみるとさほど難しい事ではなかった。
「俺も、君で良かった……」
 そして自分の気持ちに、誰かが応えてくれるのはとても嬉しい。
 そんな気づきを得ながら、ミシェルはご飯に行きましょうと、カーテンにくるまっている夫にそっと手を差し伸べたのだった。

   ◇◇◇      ◇◇◇

「ミシェル、ただいま!」
 発作で倒れた日をさかいに、ミシェルは夫を出迎える事が出来るようになった。
 最初はお互い気恥ずかしく『おか……なさい……』『……ッ……だいま』というのが精一杯の有様だったが、さすがにひと月もたてば慣れてくる。
「おかえりなさい、旦那様」
 お互いつっかえる事もなく挨拶を終えると、ガウスがそっと優しくミシェルの頭を撫でた。
 このひと月で、二人の関係は格段に進歩した。会話はもう普通に出来るし、こうしてささやかなふれあいさえ出来る。
 そしてそれを可能にしてくれたのは、やはり音楽だ。
「今日は知らない曲だな」
 ガウスはそう言って、蓄音機が置かれた食堂の方へと顔を向ける。
 ミシェルが出迎えるようになってからガウスも玄関から帰ってくるようになり、出迎えの曲は玄関ホールの隣にある食堂の蓄音機から流す事にしたのだ。
「昼間に来た行商人から買ったんです。私も知らない歌手のものなんですけど、夕刻に聞くにはぴったりでしょう?」
「ああ、穏やかで心地の良い気分になる」
 笑顔で言うと、ガウスはつけていた仮面を外す。
 最初は「自分は醜い」と恥じていたガウスだが、ミシェルの褒め言葉が嬉しかったのか家では素顔も見せてくれる。
 それが嬉しいのに、何故だか彼の素顔が見えると胸の奥が僅かに苦しくなる。
 特にガウスに優しく微笑まれると、呼吸までおかしくなってしまいミシェルは少し戸惑う。
「ミシェル?」
 胸を押さえたまま立ち尽くしているミシェルに気づき、ガウスが心配そうに顔を覗き込んできた。
「もしや、また発作か?」
「いえ……ただ、ほんのちょっと胸が……」
「それはまずい、発作の予兆かもしれない」
 慌てた様子でガウスがミシェルの首筋にそっと触れた。ガウスの魔力が僅かに流れ込むものの、むしろ胸の苦しさは増しているような気がする。
「まだ、治らないか……?」
「こ、これほど治らないのなら、発作とは別なのかもしれません……。最近、よくこういう風になるし」
「なら医者に……」
「でも発作のときみたいな不快感はないんです。だからきっと大丈夫です」
 ミシェルはそう言うが、ガウスは不安そうな顔を崩さなかった。
「念のため、後で俺の魔力をもっと渡しておこう。見た限り、君の魔力が不安定である事には違いない」
 ガウスの言葉に、ミシェルは不安定なのはいつもだと言おうとした。
(でも、魔力をくれるって事は……またいっぱい触ってくれるのかな……?)
 言うべき言葉を呑み込んでしまったのは、邪な考えが頭をよぎったからだ。

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