【16話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 魔力の枯渇によって起きる発作を抑えるため、両親や兄姉が口移しで魔力を注いでくれる事は何度もあった。
 だがその行為を、こんなにも心地よく感じるのは初めてだった。
(ガウス様の魔力は、私の魔力と相性が良いのかしら……)
 人によって魔力の質は違う。故にこうした魔力の受け渡しも、基本同質でなければ行えない。
 ミシェルの侍女にジェーンが選ばれたのも、仲が良いというだけでなくいざという時に魔力を移せるからだった。
 でもそのジェーンよりずっと、ガウスの魔力はミシェルにより適合しているように思える。
 だからこそ心地よくなってしまうに違いないと思う一方、初めて感じる快楽にミシェルはビクッと身体を震わせる。
 それに合わせるように、ガウスの舌使いが僅かに荒々しさを増した。
 もう魔力はいらないのに、彼の舌はミシェルの口内をくすぐり、歯の裏側や舌の奥にまで魔力を行き渡らせていく。
「……ん、ぁ……ンっ」
 もういらないと言わなければならないのに、ガウスに応えるミシェルの舌は逆にもっととねだるように彼の舌に絡みついてしまう。
 気がつけば二人の身体がより密着し、繋いだのと反対の手を二人はお互いの背中に回していた。
 特にガウスの腕の力は強く、きつく抱き寄せられると息苦しささえ感じる。
「んっ……!」
 長いキスで息が上がりかけていた事もあり、ミシェルの口から苦しそうな声がこぼれる。
 その途端ガウスが弾かれたように顔を離した。同時に彼は、ミシェルの身体さえ遠くに押しのけようとする。
「……あっ……」
 それにつられ、ミシェルがこぼしてしまった声は寂しさに溢れていた。魔力に酔ったのか、眼差しも思考も蕩けてしまっていたが、それでも何とか彼の手だけは離さず「行かないで」と視線で訴える。
「……もう、苦しくはないか?」
 なげられた質問に、ミシェルは小さく頷く。彼女の反応にガウスはほっとしたのか、ささやかな笑みを浮かべた。それがとても素敵で、ミシェルもまた微笑み返す。
「……ようやく、お会い出来た……」
 思わずこぼすと、ガウスが驚いた顔で息を呑む。
 今にも逃げ出しそうな顔を見て、ミシェルは慌てて繋いだ手に力を込めた。
 そのお陰でガウスはその場にとどまってくれたけれど、彼は困った顔のまま固まっている。それを見ているとミシェルも段々冷静になってきて、彼の緊張がじわじわと移り始めた。
(ど、どうしよう……)
 会いたかった相手が、側にいる。その上自分の窮地まで助けてくれた。
 それが嬉しくてありがたいのに、いざお礼の言葉を言おうとすると喉がつっかえてしまう。
 今度は違う意味で呼吸が乱れ、息苦しさを感じていると、ガウスの方も僅かに息づかいがおかしかった。
(そうだ……紙……。いつもみたいに、紙を使えば!)
 書くものを探そうとキョロキョロしていると、ガウスもミシェルの考えを察したのか書き物机に向かって腕を伸ばした。
 すると黒い霧のようなものが現れ、素手が紙とペンを掴んで引き寄せる。
 だがすぐ側まで飛んできたそれを、問答無用で奪う手があった。
「こんな状況で、まだ馬鹿馬鹿しい会話を続けるおつもりですか?」
 紙とペンを奪ったのは家令のダグラスだった。その後ろにはジェーンもおり、二人はもの凄く呆れた顔をしている。
「お前、いつからいた!」
 先に口を開いたのはガウスだった。彼の言葉に、ダグラスがやれやれと首をすくめる。
「旦那様がミシェル様に魔力を移し始めてすぐくらいです。ジェーンが異変を察知し二人ですぐ飛んできたのですが、ひとまずお身体は大丈夫そうですね」
 今度は自分の方に声と視線を向けられ、ミシェルは慌てて頷く。
「でしたら私達は夕飯の支度に戻ります。今日はお二人ご一緒に取られると思うので、少ししたら食堂にお越しください」
「一緒に!?」
「一緒だと!?」
 ミシェルとガウスの声が重なったが、ダグラスとジェーンはそれを無視して部屋を出て行く。
 パタンと扉が閉まる音がすると、二人は今更のように距離の近さを思い出し、おずおずと離れた。
 そのまま五分ほど沈黙が続き、更に三分ほど気まずい時間が流れた。
「……ゆ、夕食……好きか?」
 そしてようやく口を開いたのは、ガウスの方だった。
 何だか質問がおかしいが、ミシェルの方にもそれに気づく余裕はない。
「す、すき……です」
「なら、その……一緒に……」
「た、食べます!」
 思わず前のめりになってしまい、ミシェルは恥ずかしさにうつむく。
「いやあの……旦那様が……よければ……」
 しゅんとしながら言葉を繋げると、ガウスの大きな手のひらがそっとミシェルの頭を撫でた。
「俺も、一緒がいい……」
 ガウスの言葉が嬉しくて、ミシェルはパッと顔を上げる。
 相も変わらず喜びは顔に出ていないけれど、期待に目を輝かせる彼女を見てガウスはこちらの考えを察してくれたようだ。
「じゃあ、すぐ着替えてくるよ」
 その言葉で、ミシェルは彼がまだ騎士用の服を身に纏っている事に気がついた。
 ガウスの象徴である不気味な甲冑は外され、シャツは脱ぎかけなのか胸元が大きく開いている。ミシェルが倒れたのに気づき、着替えの最中にもかかわらず駆けつけてくれたのだろう。

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