【13話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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「へっ部屋に……旦那様がいたの……!」
「よいタイミングでしたね。お礼は言えました?」
「言える訳ないでしょ……!」
「せっかくのチャンスだったのに」
「だって旦那様、急に窓から帰ってきて……」
「そういえば、旦那様は馬車を使わず魔法でさっと帰ってくるから迎える準備が出来ないってダグラスさんがぼやいてました」
 でも窓からなんて非常識ですねとジェーンは笑うが、鉢合わせしてしまったミシェルには笑い事ではない。
「勝手に部屋に入ったし、絶対嫌われたわ」
「そんな事ないですよ。お二人は夫婦なんですし、お互いの部屋を行き来するのは普通です」
「でも私たちは普通の夫婦じゃないもの」
 お互いには干渉しないとそう取り決めたのに、どうしてそれを破ってしまったのかとミシェルは凹む。
「私もう、二度と部屋から出ない……」
「でもお夕食は食堂で取るお約束ですよ」
「食欲もなくなってしまったわ」
 肩を落とし、ミシェルは暖炉の側にある安楽椅子にぐったりと座り込む。
 彼女が本気で落ち込んでいると察したのか、ジェーンはそれ以上は何も言わず一人にしてくれた。
 部屋で一人きりになると、先ほど初めて見た夫の顔が今更のように思い浮かぶ。
 仮面をつけていたので素顔ではないが、あの骸骨の仮面はちょっと素敵だったなとミシェルは考える。
(でも私はひどい顔だっただろうな……)
 着古したドレスだったし、髪だってちゃんと整えていなかった。その上もの凄く情けない顔で悲鳴を上げてしまった気がする。
「レコードを返して、すぐ部屋を出ればよかった」
 椅子の上で抱えた膝に、ミシェルは顔を埋める。そのまま泣きたくなっていると、不意に優しいピアノの音色が響く。
(この曲、もしかして旦那様かしら……)
 耳を澄まし、そしてミシェルは小さく息を呑む。
 ピアノの旋律に重なるように響くのは、女性の美しい歌声だ。
 紡がれる歌詞は初恋に悩む女性の心情だったが、不思議とそれはガウスからの言葉のように感じられた。

『あなたを驚かせてばかりでごめんなさい』
『あなたと出会ってから、私は普通に振る舞えない』

 女性の美しい声が歌い上げる言葉に、ミシェルは膝から顔を上げる。
(これは、きっと旦那様からのメッセージだ)
 だからミシェルは曲に耳を傾けながら、レコードのコレクションに駆け寄る。
 曲が終わる前にと必死にコレクションをあさり、彼女が取り出したのは同じ歌手の別の曲だ。
 曲が終わると同時にレコードに針を落とし、ミシェルは蓄音機をガウスの部屋の方へと向ける。
 ピアノに寄り添うようにして紡がれる曲は、友情と恋愛の間で揺れる女心を謳ったものである。

『口下手な私には、簡単な会話さえ難解な哲学書を音読するのと同じくらい難しい』
『「ありがとう」「調子はどう?」たったそれだけなのに、どうしてこんなに難しいの?』

 ピアノとトランペットに彩られたサビの歌詞はミシェルの心情に重なるものだ。
 それをガウスならばくみ取ってくれるのではないかと、ミシェルは祈る。
 美しいピアノの旋律が終わるのと同時に針を上げると、今度はもう音楽は聞こえなかった。
 しかし代わりに控えめなノックの音が響く。
 音がしたのは、先ほどミシェルが使った扉の方だった。
 恐る恐る側によると、扉の下から紙が差し入れられる。
『その曲は初めて聞きました。とても、素敵でした』
 書かれた言葉に何故だか胸が甘く締め付けられ、ミシェルは慌てて文字の下に自分の言葉を書き連ねる。
『よかったら、お貸ししましょうか?』
 そして扉の下に差し入れると、すぐにまた返事が返ってくる。
『是非お願いします。あと、先ほどレコードの棚の前にいましたが、気になったものはありましたか? あればどれでもお貸しします』
 どうやらガウスは怒っていないとわかり、ミシェルは心の底からほっとする。
『嬉しいです。でも勝手に部屋に入った事はあやまります、ごめんなさい』
『謝る必要はありません。むしろ自分の方こそ、驚かせて申し訳ありませんでした』
『驚いたけど、大丈夫です。それより、お部屋の壁は大丈夫ですか?』
『もう直しました。よくある事なので、修繕の魔法は得意です』
 得意という文字だけやけに太いところにガウスの自信が溢れている気がして、ミシェルは小さく笑う。
 するとそのとき、二人を隔てた扉が僅かに軋んだ。
 ガウスが身を預けたのかもしれないと気づくと、自然とミシェルも扉に寄りかかる。
 相手の気配が少しだけ近づいた気がして、不思議なくすぐったさを感じた。
『食事を終えたら、お部屋の前にレコードを置いておきます』
『自分もそうします』
 紙は文字でいっぱいになり、書くところがなかったので最後の返事は短かった。
 でも短い言葉が無性に嬉しくて、ミシェルは会話でいっぱいになったメモをぎゅっと抱きしめた。

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