【12話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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(メモ一枚だと素っ気なさすぎるし……でもあの手紙は重いわよね……)
 そういってチラリと視線を向けたのは、一時間前に物は試しと書いてみたガウスへの手紙である。
 お礼の他に音楽について一言書こうと思ったはいいが、気がつけば便箋二十枚分も書いてしまったのだ。
 表情筋が死に絶え感情が表に出ないミシェルだが、好きな事には饒舌になるタイプなのである。
 特に音楽の話になるとついつい喋りすぎてしまうきらいがあり、それに付き合わされるジェーンやレイスたちは毎回苦笑する。
 そしてそれを、ミシェルは手紙でもやらかした。
(トランペットの音色だけで三ページも書いた手紙なんて、絶対引かれちゃう……)
 その上差出人は、愛想のない自分なのだ。こんな手紙を差し出したら、引かれるどころか気味悪がられる可能性も高い。
(やっぱりメモだけにしよう。お礼の品をつけるのが無難だろうけど、私じゃ買いに行けないし……)
 もし自分が健康な身体なら、ガウスのために贈り物を選べるのにと思ったところで、ミシェルは思わず苦笑する。
(何だか不思議。引きこもりは最高だって思っていた私が、外出出来ない事を残念がってるなんて……)
 まさかこんな日が来るなんてと思いながら、ミシェルは「ありがとうございました」と一言添えたメモを書いた。本当はレコードの感想も書きたかったけれど、そうすればきっとメモでは済まない。
「でも、やっぱり素っ気なさすぎるかしら……」
 メモとレコードを交互に眺めながら悩みに悩んでいると、気がつけば日も傾きジェーンが夕食が出来たと呼びに来る。
「ねえジェーン、ガウス様はもう帰宅されている?」
「まだです。もしかして、旦那様とお食事をされる気になったのですか?」
「そ、それは絶対に無理」
 でも……と、ミシェルは手にしたレコードとメモをぎゅっと抱きしめる。
「これをお返ししたいの。だから旦那様がいない間に部屋の前に置いておこうかなと」
「直にお渡しするのは?」
「それも絶対に無理」
 ガウスのように魔法で遠くから渡せれば良いが、幼い頃に魔力を失ったミシェルには手を使わず物を動かす魔法は使えない。
「ならせめてお部屋に置いてはどうですか? その奥の扉を開ければ、旦那様の寝室に入れますよ」
「でも勝手に入るのは……」
「問題ありませんよ。はいこれ、ダグラスさんから預かっていた鍵です」
 言うなり扉を開ける鍵を渡され、ジェーンは「さっさと置いて食堂に来てください」と出て行ってしまう。
(ちょっと入って、すぐ出るだけなら……大丈夫よね……)
 本人はまだ仕事場だろうし、レコードとメモを置くだけだ。それならば自分にも出来ると言い聞かせ、ミシェルは恐る恐る夫の寝室に足を踏み入れる。
「嘘……」
 そしてミシェルは感嘆の声を上げた。
「すごい、すごいすごいすごい」
 そう言って駆け寄ったのは、棚に並べられた大量のレコードを目にしたからだ。
 量も凄いがレコードを飾るためとおぼしき棚には、紙製のジャケットが美しくディスプレイされており、見ているだけで心が弾んでしまう。
「すごい……これマーティン=チャックの最初のレコード……。それにこっちはビル=レイモンドの限定ケースだわ……」
 目を輝かせながら棚に駆け寄り、ミシェルは歓声を上げ続ける。
「それにこの蓄音機、最新式の奴だわ。羨ましい……」
 その上でよくよく観察すれば、蓄音機には音をクリアにする魔法までかけられているらしい。それもまたガウスがやったのだろうかと考えていると、ミシェルの背後の窓が突然開いた。
 同時にひとりでに部屋の明かりが灯ったかと思えば、開いた窓からすぅっと人影が入り込む。
「ん?」
 低い声が響いた直後、ミシェルは手にしていたレコードをぽろっと落とした。
「きゃあああああああああああああああああ」
「だああああああああああああああああああ」
 二つの情けない悲鳴が重なり、屋敷がずしんと揺れる。
 ミシェルの前に立っていたのはガウスだった。その背後では窓ガラスが割れ、壁とベッドがバーンと吹き飛んだ。
「ご、ごめんなさい……!」
 慌てて元来た扉をくぐり、ミシェルは部屋に戻る。
 そうすると屋敷の揺れは収まったが、代わりに隣の部屋からはガウスを叱責するダグラスの怒鳴り声が響く。
 ミシェルの方にはジェーンが駆け込んできて、狼狽している彼女に呆れた顔を向けた。

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