【11話】亡霊騎士と壁越しの愛を

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 魔法を求める者があえてヘイムの人間を『誘拐』するのも、魔力だけを奪うのが困難なためだ。魔力は命と紐付いたもので、身体から剥がそうとすればたちどころに消えてしまう。
 だから誘拐はされても殺されはせず、ガウスたちヘイムの騎士は彼らを奪い返す事が出来た。
 特に彼が隊長となってからの二年で誘拐は未然に防がれる事の方が多く、攫われても国外に出る前に救い出せる事がほとんどだった。
 でも魔力だけを奪えるとなれば、今までのように上手くはいかないだろう。
 その上もしメイソンが開発した道具が手軽に扱えるものなら、欲する者は増えるだろうしヘイム国への脅威も増す。
「今諜報部にメイソンの行方と道具の事を探らせているが、近々お前にも捜査に加わってもらうだろう」
「承知致しました」
「あと、この件はまだ内密で頼む。メイソンのような裏切り者はいないと思うが、万が一という事もある。それに魔導具の存在はなるべく秘匿のまま処理をしたい」
「それも承知しましたが、それなら私にも伏せた方が良かったのでは?」
 隠密機動部隊に関わる事ではあるが、裏切り者を警戒しているのならメイソン同様過去に売られた自分は最も懸念すべき存在である。
 だがレイスは、ガウスの言葉を鼻で笑った。
「お前ほど不器用な男に、裏切りなんて無理だろう。自分の妻と手紙でしか会話出来ない男だろうお前は」
 レイスの言葉に、ガウスはぎくりと身体を強張らせる。
「その話、いったいどこから……」
「今朝も妻に『おはよう』の一言どころか挨拶が書かれたメモも渡せず、扉の前で三十分も固まっていたらしいな」
「……内通者はダグラスですね」
 そういえばあの家令は、ガウスが屋敷を持つときレイスが『餞別だ』とよこしてくれた者である。
「もしや私が裏切ったときのために、ダグラスをよこしたのですか?」
「そんなわけあるか。どう考えたってお前に屋敷や使用人の管理が出来ないから与えた男だ」
「……信用されているのかいないのか」
「騎士として、そして義理の息子としてのお前は信頼している。だがお前の人間力は信頼していない」
「人間力……とは?」
「お前に欠けているものだよ。人間らしい生活に社会性、そして女性に微笑みかける能力とか、とにかくお前には足りないもの全てだ」
 さりげなく貶されている気がしたが、ガウスには返す言葉もなかった。
 こういうとき何も言えなくなってしまうのも、きっとレイスの言う人間力というものが足りていないからなのだろう。
「だが安心しろ、ミシェルにも人間力はないしお前たちは似たもの夫婦だから仲良くやれる」
「……メイソンの話が本当なら、暢気に夫婦生活など送っている場合ではないのでは」
「あちらはまだ調査中だし、お前が動くときではない。だからまずは、ミシェルとの新婚生活をなんとかしろ」
 そこでレイスは、先ほどよりもっと真剣な顔で身を乗り出す。
「という事でここからが本題だ。私がミシェルの好きなものを教えてやるから、もっと仲良くしろ」
「本気でこっちが本題だったんですか……」
「当たり前だ」
「しかし、そもそも仲良くしなくてもいいと言うから、私はミシェルと結婚を……」
「でも、仲良くしたくなっているだろう」
「そんな事は……」
「音楽を聴くミシェルの姿を一時間近くのぞき見していたという話も、ダグラスから聞いているぞ?」
 あいつをクビにしたいと、ガウスは心の底から思った。とはいえレイスが言うようにダグラスがいなければ家の事が回らないので、出来る訳がないのだが。
「お前だって基本的には有能なんだ。顔だって悪くないし、その仮面だってミシェルの好みだぞ?」
「こんな不気味な仮面を喜ぶ女性がどこにいますか」
「それがいるんだよ我が一族には。その上音楽の趣味も同じなら、かなりいい線行くと思うぞ」
「いい線……」
「おっ、くいついたな! よしよし、ではこの父が助言を授けてしんぜよう!」
 完全に面白がっているとわかっていたが、上手く否定出来る話術もない。
(それにまあ、夫婦仲が良くなる事は悪い事ではない)
 今後一生付き合っていく相手なのだし、嫌われないようにするのも大事だ。
 そんな言い訳を重ねながら、ガウスは義理の父の言葉に耳を傾ける事にしたのだった。

   ◇◇◇      ◇◇◇

 ガウスが自分の父から入れ知恵されている事などつゆ知らず、ミシェルもまた自室で夫の事を考えながら一人悩んでいた。
「これ、どうしよう……」
 もう十回は同じ独り言をこぼしながら、彼女が抱えているのは昨晩ガウスが貸してくれたレコードである。
 ミシェルはそれを大層気に入り今日だけで三十回は聞いたが、ある時ふと気づいてしまったのだ。
「借りたものは返さないといけないわよね……」
 結婚したときのミシェルなら「ありがとう」とシンプルなメモだけつけて返したに違いない。でも窓辺に佇むガウスを見てから、もう一歩……いや半歩だけ彼に近づきたいと思ってしまったミシェルは逆に困り果てていた。

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