• HOME
  • 毎日無料
  • 【21話】不埒なあなたはこの愛に沈む~狡猾な夫の思惑と従順な妻のはかりごと~

【21話】不埒なあなたはこの愛に沈む~狡猾な夫の思惑と従順な妻のはかりごと~

作品詳細

 三章

 結婚からもうすぐで一年。
 アダルバートはだんだん苛立ち、エヴァリンをこうやって実家に呼び出す回数が増えていった。そのたびにまだかまだかと焦らせる。
 もちろん、エヴァリンもただ彼の言いなりになっているわけではない。人質となったリコリスを救うべく手は尽くしているが、スージーが四六時中監視している上に、アダルバートがリコリスの居場所を上手く隠していた。
 おそらくリコリスの居場所を知っているのはアダルバートと、その従僕のブラッドリーだけなのだろう。スージーを問い詰めようにも無駄に終わるし、そもそもそんなことをすれば即座にアダルバートの耳に入って裏切りと取られてしまう。
 また一方でウィルフレッドとの仲も結婚後、だんだんと上手くいかなくなっていった。
 最初こそデートを重ねていたときのように優しくエヴァリンだけを見てくれていた彼だが、次第に帰りが遅くなり、そしていつしか女性の匂いをつけて帰ってくるようになった。
 疑うまでもなくウィルフレッドは外に女をつくっており、妻以外の女性と楽しんでいる。
 それは愛のない結婚であったからには覚悟はしていたし、そういうこともあり得るだろう。だが、それでは計画が上手くいかない。エヴァリンに惚れ込ませてから振るという当初の計画は、序盤から暗雲が垂れ込んだ。そして今、完全に暗礁に乗り上げている。
 なれば、今度は思い切って悪妻となりウィルフレッドに恥をかかせようかと、湯水のごとく金を使ってみたがそれも空回りで終わる。無駄に買い物を続ける妻を叱るでもなくただ楽しそうに見て、『君が買い物好きだから稼ぎ甲斐があるよ』と笑っただけだった。
 その言葉通り、その後大口の案件を掴んできて、会社を大きく躍進させたという実績もある。金を使えど使えど底が見えないようだったし、何より目的もなく金を使うというのは性に合わなくてすぐにやめた。
 次に考えたのは、エヴァリンも派手に男で遊ぶということだが、これに関しては先手を打たれていた感じが否めない。
 最初に釘を刺されたのだ。『君を連れて社交界にはあまり出るつもりはない』と。
 ある日雑談の流れで、結局社交界での経験を積むことがあまりなかったので、外に出たときにウィルフレッドに迷惑がかかるかもしれないと話したところ、彼から返ってきた答えがこれだった。
 理由を聞けば、『僕は敵が多いから、なるべく大事なものは他の人の目には晒さないんだ。特に男の前にはね』と含みを持たせて言ってきた。これをどう捉えればいいのかは分からないが、実際のところ男性が集まるような場所には一切連れて行ってもらえていない。
 女性だけが集まる茶会は問題なく行かせてもらっているし、買い物も自由に行っていいが、その場合は必ず監視か用心棒のように男の使用人も一緒だ。外で男性に近づこうものなら、すかさずその使用人がやってきて引き離しに入る。
 その機会をことごとく潰されては、男性と知り合うことすらままならなかった。
 それは妻を不逞の輩から守るための夫なりの気遣いのようにも見えるが、それだけではないとエヴァリンは考えている。こちらの思惑を見透かすように、手を打っているようにも思えるのだ。
 一度だけ、悪妻を演じようとしていたときに、彼の女性関係について怒ったことがある。みっともなく感情を露わにしたエヴァリンをどう扱うのだろうかと試してみたのだ。
 『私以外の女性と会わないでください』。怒気を孕んで悋気を起こすように。
 彼はそれに対して簡単に『いいよ』と答えた。拍子抜けしそうになったが、そこからが簡単ではなかった。
「君が本心から願うならいいよ。よそで女は作らない。――けれども、それは君の願い? 君自身の心の底からの願いなの?」
 仄暗い光を備えた榛色の瞳がエヴァリンを貫く。
「どうして僕にそれを求める。それが聞きたいな。僕に何かを要求するのであれば、それに見合う対価が必要だ。何も金や物は必要ない。ただ、僕が納得できる理由が欲しい。それだけだよ」
 彼は商売人だ。利益が見込めなければリスクは負わない。
 金や物で話が済むのであれば簡単だった。だが、ウィルフレッドはエヴァリンの本心を寄越せという。そんなもの、騙している相手においそれと渡せるわけもなく、見せることもできるはずがない。
「……新婚なのに、夫が他の女性と遊ぶのは体面が悪いですから」
 嘘ではない答えを返す。本心かと問われれば疑問が残るが、それをウィルフレッドに悟られるはずがないと思ったのだ。
 彼は強気に出るエヴァリンの顔をじぃっと観察するように眺め、そして静かに笑う。おもむろに顔を近づけて頬にキスをしたと思ったら、そのまま耳元で囁いてきた。
「交渉は決裂だ、エヴァリン。それが君の本心であるはずがない。僕を試すのならば、もっと女優にならないとね。――君の本気の願いなら、いつでも叶えてあげるよ」
 彼の言葉に背筋が凍った。生半可なものでは、騙すなど不可能に近いのだと知る。
 それからは、彼の甘い言葉には用心している。いつ足元をすくわれて、こちらの目論見が暴かれるか分かったものではない。
 アダルバートに告げた通り、彼は愚かでも浅はかでもなかった。余計な藪は突かない方が吉なのだと学んだエヴァリンは、今では素直で従順な妻に徹すると決めていた。
 そもそも、ウィルフレッドはエヴァリンが外でどんな評判を受けようとも、どんな妻であろうとも構わないようだった。
 男性との接触以外はエヴァリンのすることをすべて許し、すべてを容認する。そしてそれを受け入れるほどの度量も財産も人望もすべて彼は持っていた。
 それは一見無上の愛情にも見えるが、ただ『妻』として役目を果たせるように飼い殺しにされているような気分だ。自分は外で女を作っておきながら、エヴァリンにはそれを制限させる。あまりにも自分勝手なやりように、理不尽さを感じないわけではない。
 つまりは、ウィルフレッドは屑なのだ。優しい顔をしてエヴァリンを甘やかし妻という囲いに入れて利用しておきながら、自分は外で自由に飛び回る。
 何をもってウィルフレッドが恥とするのか。それを見つけるのは泥沼の中で一粒の砂を探すようなものだった。
 彼の弱点などその動向をつぶさに見ても分からず、いつしか家にいる時間も少なくなりそれを窺う機会すら失っていた。
 解決策も見出せず焦りを覚える。
 だが、幸いなことにアダルバートと会う際に、リコリスからの自筆の手紙をときおり受け取っていたので、ある程度のリコリスの状態は推し量ることができた。彼女の容体が良好だということがそこから読める。
 決して楽観視はしていないが、それでも進退窮まったエヴァリンにとっては大きな安心材料でもあった。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。