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【18話】不埒なあなたはこの愛に沈む~狡猾な夫の思惑と従順な妻のはかりごと~

作品詳細

「どうなってる、エヴァリン! お前あいつをこっ酷く振ったんじゃないのか!」
「振ったわ。結構酷い言葉も言ったはずなのだけれども……」
「じゃあ、何であいつがうちに来て結婚を申し込んでいる!」
「し、知らないわ! 何でこんなことになっているのか私だって知りたいくらいよ!」
 ウィルフレッドが何を考えているか分からない。だからこそそこはかとない恐怖を感じてしまい、嫌な憶測ばかりが頭の中に浮かぶ。アダルバートの怒声に冷静に返せなかった。
「親父はこの話に乗り気だ。珍しく俺の制止に耳を傾けもしない。それどころか話の邪魔だと追い出す始末だ。今からお前が乗り込んでいってその話をなくしてこい! 今すぐだ! このままじゃああいつに恥をかかせるどころか、あいつの思い通りに話が進んでしまう!」
 掴まれていた袂を乱暴に放される。
 そして、横暴に命令を下すアダルバートの言葉に従い、エヴァリンは急いで部屋に向かう準備をした。アダルバートが部屋を出ていった後にドレスを着替えて身綺麗にする。
 幸いにも先ほどのアダルバートの怒鳴り声でリコリスが目を覚ますことはなく、固く目は閉ざされていた。彼女をここに一人残すのは抵抗があったので、サロンに行く途中で見つけたメイドのスージーに声をかけて、リコリスの様子を見るようにお願いをする。
 スージーはエヴァリンに頼みごとをされて不服なようだったが、一応了承してくれた。
 サロンの扉の前にはアダルバートが控えていて、緊張するエヴァリンに追い打ちをかけるように『抜かるなよ』と念を押してくる。それに無言で頷いたエヴァリンは、いよいよウィルフレッドの前に姿を現した。
「エヴァリン! 勝手に入ってくるんじゃない!」
 扉を開けた瞬間に叔父の叱咤の声が飛んでくるが、それは覚悟の上だ。
 叔父は絶対にこの縁談をまとめたいはずだ。穏便にこの家からエヴァリンたちを追い出したいはずだろうし、何より叔父にとってウィルフレッドと縁続きになるのは得でしかない。こんなおいしい話を逃がすはずもなかった。
 だから話がまとまるまでエヴァリンを遠ざけておきたかったのだろう。カウチに悠然と座るウィルフレッドを見据えながら立ち尽くすエヴァリンに、叔父は牽制の視線を向けていた。
「ウィルフレッド様……どうして……」
「やぁ、エヴァリン。今日は改めて結婚の申し込みに来たよ。ちゃんと君の後見人の許可も今いただいたばかりだ」
 遅かった。もう叔父は勝手に許可を出してしまっていたのだ。エヴァリンの意思を確認もせず、それこそ商品のように。
 おそらくウィルフレッドの方もそんな叔父の性格を見越して不意打ちのようにやってきて、性急に話をまとめたというところか。
 まずい。これではアダルバートとの取引が終わらなくなってしまう。
 ウィルフレッドが動いてくる限り、アダルバートは躍起になって彼の鼻を明かそうとするだろう。アダルバートの気が済まない限り、リコリスの命はその手に握られたままだ。
「叔父様、私は先日ウィルフレッド様にはお断り申し上げました。私自身も結婚はするつもりはなく……」
「愚か者! お前の結婚はお前が決めるのではない! 後見人である私が決める! アマリス家にとってより良い縁談をまとめるのも私の仕事だ! お前の意思は関係ない!」
 叔父の気迫は凄まじいものだった。自分の言うことは絶対だと言わんばかりで、エヴァリンは口を噤まざるを得なかった。
 こちらがどう思おうとその気持ちは縁談には反映されない。叔父の意思一つなのだ。
「せっかくクルゼール君の方から申し出てくれたんだ。お前にはもったいない相手だぞ。断る理由がどこにあると言うんだ、この馬鹿者」
 断る理由ならたくさんあった。だが、そのいずれも人に言うには憚れるものばかりだ。
 運命はエヴァリンの都合のいい方には動いてくれなかった。今は誰が命運を握っているのかすら分からない。
「思った以上だったよ。君の叔父上の食い付きようは。今度こそ失敗しないように次善策は用意したけど、出番はなかったな」
 ウィルフレッドがエヴァリンと二人きりで話がしたいと叔父に申し出たために、サロンに二人きりとなる。
 エヴァリンを空いているカウチに座らせた後に、彼は足を組みリラックスしたような様子で話をし始めた。
 それが何故か腹立たしい。シレっとした顔をしてこちらを出し抜くのだから。
「腹いせですか? 先日私がお断りしたから。自棄になっても何もいいことはないと思いますが」
「自棄になんてなってないよ。熟考の結果だ」
「いいえ。私には自分の思い通りにならないから躍起になっているようにしか見えません」
「躍起になっているのはどっちだろうね、エヴァリン。何が何でも僕とは結婚したくないみたいだ。その理由は何だろう」
 こちらを見透かすような目。苦手だ、ウィルフレッドのこの目は。何を隠しても無駄な気がしてくる。
「僕は君を選んだ。選んだからには絶対に君を妻にする。そのために手段は選ばないし、一番有効的な手を取った。ただそれだけのことだ」
「どうして、そこまで……」
 エヴァリンに固執するかが分からない。彼にそこまでさせるほどの魅力が自分にあるとは思えないし、何か得になるようなものを与えられるとは到底思えない。ただの無知でつまらない女だ。
 ウィルフレッドが妻を選ぶ基準が愛情ではなく、ただちょうどよくそこにいて一緒にいても苦にならない相手なのだとしたら、他にもきっとたくさんいるはずなのに。
「この間の返事を聞いてますます君を気に入った。それだけじゃ理由にならない?」
 エヴァリンは押し黙って俯いた。理由はどうあれウィルフレッドに求められている。それはたしかに嬉しいけれど状況が複雑すぎた。
 膝の上に置いた手がじんわりと汗ばむ。八方塞がりでどうしたらいいのか分からない。
「あまり難しく考えなくてもいいんじゃないかな。それにこの話は君にとっても損はないはずだ」
 ところが、ここにきてウィルフレッドは一つの光を差し出した。エヴァリンは顔を上げて笑みを浮かべる彼の顔を見つめる。
「噂には聞いていたけれど、君はこの家ではあまりいい扱いは受けていないんじゃない? この家は叔父一家に乗っ取られ、叔父は客の前で怒鳴りつけるほどに高圧的。後見人とは名ばかりの君の支配者。急いで支度しても乱れた髪すら整えてくれるメイドもいない。実際僕が想像するよりも酷い扱いを受けているのでは? 君が望んでこの家にいるとは到底思えない。でも、結婚したらこの家から出られる。それは君にとっては大きな利点じゃないかな?」
 次から次へと内情を言い当てられ、恥ずかしくなった。居た堪れなくなり、今すぐにでも逃げ出したくて仕方がない。
 だが、最後の言葉はたしかにエヴァリンにとっては魅力的な話だった。この家を出られれば願ったり叶ったりだ。
 だが、そのときはリコリスも一緒だ。彼女も一緒でなければ意味がないし、元々リコリスが嫁いだのを見送った後に自分の身の置き方も考えるつもりだったので、今ここでその話を受けるわけにはいかない。
 この家にリコリスを一人残しておくなど、絶対にしたくはなかった。
 けれども、もし。
 もしもここでリコリスも一緒に連れて行きたいと言ったら、彼は何と返すだろう。
 さすがに、婚家に妹を連れて嫁いでいくなんて非常識がまかり通るわけはないとは分かっているが、交渉の余地はある。これを条件にすればあるいは。
「不自由はさせないし、君が望めば何だって叶えてあげる」
 甘美な誘惑。『何でも』という言葉に、エヴァリンの心は一気に期待に膨らんだ。

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