【8話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

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「……昨日、どうして泣いたの?」
「え……」
「泣いて泣いて、ずっと泣き止まずにいるから、とても放っておけなかった」
 とっさに答えられない私に、フッと先生の表情が緩む。
「それじゃ、宿題にする。来週、またこの時間にこの場所で」
 そう優しい声色で言い残し、先生は席を立った。
 それから約一か月。
 私と先生は週に一度、遅いランチを共にするようになっていた。
 ランチを共にする、と言っても特別な意味は無く、向かい合ってただお昼ご飯を食べるだけ。ただそれだけなのだけれど。
 それに、時には先生が遅れてくることもあるし、私が仕事の都合で遅くなることもある。
 だから日によっては一緒にいる時間はほんの三十分、ということもあるけれど……私には夢のような時間だ。
 ずっと好きだった桂川先生と僅かでも一緒にいられる。そのことが、なんだか私をふわふわした気分にさせる。
 最近、職場でも館長である高柳先生に褒められることが多くなった。
 図書館のイベントや本の紹介記事などを率先して書くことも多い。
 同僚の中には『なんか最近、ちょっと雰囲気変わったね』と言ってくれる人もいて、こんなに地味で目立たない私でも、図書館の仕事を一生懸命やってきて良かったと心から思う。
「今日のお弁当はサンドウィッチ? その、卵焼きみたいなのも美味しそうだな」
 授業の用意を持ったまま、桂川先生が私の向かい側に座る。
 先生は最近は授業の後研究室に寄らず、直接このカフェテリアに来ることが多い。
「昨日、母が美味しいバゲットを買ってきたので、生ハムとチーズのバゲットサンドを作ってみたんですけど……」
「これは?」
「ほうれん草のキッシュと、オニオンとサーモンのサラダです」
 ささやかに並べられたお弁当に、先生は軽く眉を上げて「すごいご馳走だな」と微笑む。
「それじゃ、飲み物は僕が買ってくる」
「ありがとうございます」
「そんなんじゃ、全く足りないだろうけれど」
 そう笑顔で答え、先生が席を立った。ザックリしたアーガイルのセーターを着たすらりとした後ろ姿を、そっと目で追う。
 こんな風に先生と話せる日が来るなんて。ましてや一緒に食事ができるなんて。
 今までの自分を思えば、本当に夢のようだ。
 やがて先生がトレイに飲み物とフルーツを乗せて戻ってきた。
 自分にはホットのブラックコーヒー、私の前にはホットミルクティーが注がれたカップが置かれる。
「今日もこれで良かった?」
「はい。ありがとうございます」
「いや、こちらこそいつも済まない。……いつか、お礼をしなくちゃいけないな」
「そんな、私が勝手に作ってきているだけですから」
 どうぞと勧めると、先生は美味しそうにサンドウィッチを頬張ってくれる。
 
 ここで先生と週に一度一緒にランチをするようになって、あまりに毎回先生が私のお弁当をつまみ食いするので、もしかしたら許されるかもと、勝手に先生の分まで作るようになっていた。
 あの桂川先生に私のようなものが手作りのお弁当を作ってくるなんて、身の程しらずも良いところだと自分でも分かっている。
 きっと先生の周りを取り巻いている華やかな人たちにばれたら、ただでは済まないだろう。
 けれど、そんな禁忌を冒しても、桂川先生に手作りのものを食べてもらう誘惑には抗えない。
 先生の唇が私の作ったものに触れ、かみ砕き、体の中に取り込まれる――。
 ただ食事をしているだけなのに、なんだかちょっとドキドキしてしまう。
「図書館に美術館のイベントのポスターが貼ってあったね」
 出されたものを綺麗に平らげてしまった先生が、最後のコーヒーを飲み干しながら言った。
 そう言えば昨日届いた郵便の中に、古い美術館で行われる展示会の知らせが入っていたっけ。

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