【7話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

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 今日の先生はブルーのストライプシャツに紺のブレザー、ベージュのチノパンを合わせたカジュアルなスタイル。
 さらさらとした長めの前髪と端麗な容姿とで、実年齢を知らない人から見れば、どう見ても三十そこそこにしか見えないだろう。
「あ、あの」
「連れの人は誰か来る?」
「いいえ」
 そう私が答えると、先生は微笑みながら私の正面に座る。
「昨日、あの後大丈夫だった?」
「あ……はい。あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや。僕こそ悪かった。それに本もありがとう。あれ、来週の授業で使うから、助かったよ」
 昨日はあれから、先生に散らかった本の片づけまで手伝わせてしまった。
 泣きはらした顔でデスクに戻るのは良くないからと顔を洗って眼鏡をかけるまで、先生につきっきりで面倒を見てもらったのだ。
 おかげで何事もなかったように職場に戻ることができたけれど、帰宅して心が落ち着くと、とんでもないことをやらかしてしまったことを自覚した。
 桂川先生は教授、しかも高名なお父様を持つ、いわば我が校の看板教授だ。
 そんなに頻繁ではないにしろマスコミに登場することだってあるし、有名な文学雑誌に寄稿する機会も多い。
 年齢は四十代と教授にしては若い方だけれど、何年か後には必ず学長候補に名を連ねるともっぱらの評判だ。
 そんな彼に、元教え子で職歴三年目の新米司書が働いた許されざる無礼を振り返り……とてもお弁当に箸を付けられる状態ではない。
「……お弁当、食べないの?」
 私の葛藤など知る由もなく、桂川先生は鷹揚な態度だ。
「あの……先生、昨日は色々と本当に申し訳ありませんでした」
 改めて謝罪の言葉を口にすると、桂川先生の表情が優しく緩む。
「いや、君を驚かせてしまったのは、僕に隙があったからだしね。謝るなら、僕の方だ」
「でも……」
「もうこの話はいい。それより、このお弁当はお母さんが作ったの?」
 有無を言わさぬ語気で話題を変え、先生は私のお弁当箱を覗き込む。
「これは私が。簡単なものばかりですけど」
「ふぅん。君は在学中からお弁当持参だったね。きっといい奥さんになる。君と結婚する男は幸せだな」
「えっ!?」
 突然桂川先生の口から〝結婚〟〝奥さん〟などと言うワードが飛び出し、不必要にドギマギしてしまう。
 落ち着きなく視線を彷徨わせる私とは対照的に、先生は楽しそうにお弁当箱に視線を走らせた。
 うぅ、こんなに見られるなら、もっと凝ったおかずを作ればよかった。
「これは……中に何が入ってるの?」
「あ、それは大葉とチーズ、それにジャガイモを薄切り肉で巻いたものなんです。私、子供のころからこれが大好きで」
「へぇ、美味しそう。それじゃ、僕のおかずと交換しよう。こっちのハンバーグでどう?」
 桂川先生があまりにも無邪気に言うので、何の抵抗もなくお弁当箱を差し出してしまう。
 すると先生は、それをひょいとお箸でつまんで口の中に入れた。形の良い唇から私の作ったものが先生の体の中に入り、ゆっくりと咀嚼したあと飲み込まれて、男らしい喉仏が嚥下する。
「美味しいな。じゃあ僕からも。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「君のおかずの方が断然おいしいけどね」
 そう言って微笑んだ眼差しが私のそれと絡まり、不意に真剣に見つめられる。
 午後のテラスには眩しい光が射し込み、先生の長い睫毛が深い陰影を刻んでいた。
 印象的な瞳が光を取り込み、虹彩の輪郭がはっきりと見える。
 こんなに近くで先生を見たことなど、今まで一度も無かった。
 恋する相手の魅惑的な姿に、ただ見惚れることしかできない。

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