【2話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

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「今から探してみますね。見つかったら、桂川先生の研究室までお持ちした方がいいですか」
「メールでお知らせしてもいいけど、桂川先生はあまりパソコンを見ないからなぁ。急いでいたみたいだし、そうしてもらえると助かるね」
「承知しました」
「山本さんは仕事が速いから助かるよ。いつもありがとうね」
 そう言って私の肩をポンポンと叩く先生に頭を下げると、朴訥な笑顔を残して館長室へと戻っていく。その後ろ姿を、立ち上がってしばらく見送った。
 私、山本野乃花ののかは現在就職三年目の二十五歳。大学卒業後、母校の図書館で司書として働いている。
 司書という仕事を選んだのはごく単純な理由からだ。
 子供のころから本を読むのが好きだった。それで大学も国文学部を選んだし、この大学を選んだ理由も、周辺のどの大学よりも充実した立派な図書館があったからだ。
 実際のところ、私は在学していた四年間、授業以外のほとんどの時間をこの図書館で過ごした。
 だから多分、学生や職員のだれよりもこの建物のことを熟知していると思う。
 本に囲まれたこの場所が好きで、だから自然な流れで司書過程を履修して卒業と同時にここへ就職した。
 まさに自分にピッタリの職業を得られたと自負している。
「『谷崎潤一郎、その愛と狂気』か……」
 高柳先生から受け取ったメモを見ながら、自然にため息が漏れる。
 お昼休みが終わるまであと十五分。ほどなく同僚たちがお昼休憩から帰ってくるだろう。
 そして高柳先生から直接仕事を頼まれた私に、また何か嫌みを言ってくるに違いない。
 そう考えがめぐり、私は誰も戻ってこないうちに席を立った。

 オフホワイトの壁に包まれた螺旋階段を上って、本書庫へ向かう。
 迷路のように入り組んだ導線を横切り、幾度か螺旋階段を上る。階層が深くなるにつれ学生の姿もまばらになり、やがて辺りから人の気配が消えた。
 マニアックなまでに複雑な造りの図書館は、昭和初期に活躍した有名な建築家が設計したものだという。
 昭和モダニズムの代表的な様式をもつ建物はこの女子大の売りのひとつでもあるが、在学している頃から私には気分を高揚させるちょっとしたアトラクションのように映る。
 まるで探検でもするような気分で、私は本に囲まれた通路を進んだ。
 ――どれほど多くの物語や情報が、ここにあるんだろう?
 最初に物語の世界にはまり込んでしまったのは、まだ小学校低学年の頃だ。
 元々人と話すことが苦手な性格もあり、子供のころからあまり友達もいない。
 だから本を読む時間はたっぷりあって、今までに読んだ本は数えきれない。
 大学に入ってからも、友達とキャンパスライフを楽しむより図書館で本を読んでいる方が好きだったから、大抵ひとりきりだった。
 服装も地味。メイクはしない。読書のしすぎで極度の近眼だが、体質的にコンタクトが合わないため子供の頃からずっと眼鏡をかけている。
 当然ながら華やかなことで有名なこの大学では見るからに異色の存在で、今も昔も同級生や同僚から軽んじられていることも分かっている。
 けれどだからと言って、酷い意地悪をされるわけでもなかった。
 要するに、私は彼女たちにとって〝問題外〟ということなのだろう。
 別にそれでも構わない。彼女たちと自分が違う種類の人間だということは、よく分かっているつもりだ。
「えっと……この棚にあるはずなんだよね」
 該当の場所に到着すると、棚に並んでいる本の背表紙を注意深く確認する。
 けれど、桂川先生が探している本は、やはりどこにも見当たらない。
 棚の端から端まで何度繰り返し探してみても、結果は同じだった。
「困ったな……」
 私は書庫の両サイドに並べられている小さな木製のテーブルに力なく腰を下ろし、溜め息をつきながらメモを宙にかざしてみる。
 無造作に書かれたであろう筆跡は、まるで本人を表すかのように硬質で美しい。

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