• HOME
  • 毎日無料
  • 【19話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

【19話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

作品詳細

「あの……」
「触らないで!!」
 突然の大声に思わず体が引ける。私が後ずさったことに気づいたのか、目の前の人影が急に立ち上がった。
 その体のラインには見覚えがあった。あの時、研究室で桂川先生の膝に跨っていた後ろ姿と同じだ。彼女が――片山ありす。学長の孫だ。
「あんた、さっきまた桂川先生と……ほんっと、むかつく」
「えっ」
「あれほど警告しているのに、いつまで付きまとうわけ? いいかげん先生から離れてよ」
 私を見下ろす傲慢な瞳。小さな顔にバランスよく配置された華やかな目鼻立ちはそれだけでも目立ちそうだが、完璧に施されたメイクが更にその美貌を洗練されたものに変えている。
 天使のように肌理の細かい作りをしているのに、発せられる雰囲気は毒々しくて――さっき桂川先生が言っていた『若さゆえの傲慢』と言う言葉が一気に真実味を持ってよみがえってくる。
「撮ったから。またみんなに拡散するからね」
 長い爪で操作するスマホの液晶には、さっき先生が私に触れた場面がはっきり写っている。大学の非常階段キスなんて……。
 この写真がまたばら撒かれたら、今度こそ先生のキャリアには致命的な傷がつく。
 さっと顔色を変える私に、彼女の形の良い唇が悪魔のように引き上げられた。
「今度は学内の非常階段だし、先生、今度こそ言い訳できないかもね」
「止めて下さい! あなた、先生が好きなんでしょう? 好きな人を困らせて何が楽しいの!?」
「はぁ? 私は先生が手に入ればそれでいい。先生さえよければ、お祖父ちゃんに頼んで学長にだってしてあげられる。先生が私のものになるならね」
 片山さんは煌びやかなネイルを施した指先に髪を巻き付け、値踏みするように私を見下ろした。
「それともー、あんたが学校辞める? それでも別にいいよ。あんたが先生の前から消えるんなら、この画像は消してあげる。皆に流したあの画像も、画像ソフトで作った偽物だってみんなに話してもいい。大体あの画像じゃ、眼鏡かけてないからあんただって分かんないもん」
「どうしてそんなこと……」
 愕然として彼女を見つめると、片山さんは完璧に手入れされた眉を吊り上げながら、冷たくこちらを見据える。
「今まで欲しいものは全部手に入れてきたけど、桂川先生はどうしても私のものにはならなかった。それも悔しいけど、あんたみたいな人が先生のそばにいることはもっと許せない。だから先生の前から消えてよ。そうしたら、もう先生の邪魔はしない」
 彼女の美しい瞳は、私に対する焼けるような憎しみで満ちている。
 狂っていると思った。けれどもしかしたら、それが恋なのかもしれない。
 恋はときに人を狂わせる。たぶん、私だってそうだ。
 先生への想いを抑えきれず、軽々と禁忌を越えて彼の元に駆け寄ってしまった。
 私が先生に恋をしたせいで結局先生に迷惑をかけて、文学者としての立場まで危うくしてしまったのだ。
 目の前に突き付けられた現実に、私は半ば呆然とする。
 だけど――先生が積み重ねてきたものを失うことだけは、絶対にイヤだ。
「本当に、私がいなくなれば画像を消してくれるんですね?」
 私の言葉に、片山さんの目が残酷に光った。彼女は彼女なりに、桂川先生のことを愛しているのだ。愛の形が、私とは違うだけで。
「約束するよ。あんたが大学からいなくなるんなら画像も消すし、お祖父ちゃんに頼んで今回のことは水に流してもらう」
「言う通りにします。だからあなたも、絶対に約束は守ってください」
 そう私が告げると、目の前にいる美しい学生の唇が、満足気に弧を描いた。

作品詳細

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。