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【13話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

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「こんなに濡れて……。このままじゃ風邪を引いてしまう。こっちへ来るんだ」
 先生は強引に腕を引き、私の体をひきずるように足早に歩いてゆく。
 腕を掴む力強さにハッと我に返り、私は渾身の力で先生の手を振り解いた。
「離してください。……私、帰ります」
「なに言ってるんだ。こんな状態で放っておけるわけがないだろう。僕の家がすぐ近くにあるから、とにかく来るんだ」
「い、いやっ!! 離して!!」
 先生には深く愛している相手がいる。
 いや、それ以前に、私なんて先生にとってただの元生徒というだけの存在だ。
 それなのに手作りのお弁当を作ったり、こんなところまでのこのこ来てしまった自分が恥ずかしい。
「大人しく言うことを聞くんだ!」
「大丈夫ですからっ。……放っておいてくださいっ……」
 なおも抵抗を続けると、立ち止まった先生が私の肩を両手で強く掴む。
 そして体を屈めて視線を私と同じ高さにすると、すぐ近くまで顔を寄せた。その有無を言わせない眼差しを受け止めきれず、私は顔を逸らす。
「僕がいない間に、山路先生と話していたな。……いったい何を聞いたんだ」
「……何も聞いてません」
「君は本当に嘘が下手だな」
 桂川先生に両手で頬を掴まれ、身動きできない。怖いくらい真剣な瞳が私を捉える。
「それじゃ、どうして泣いてるんだ」
「泣いてなんていません」
「涙で頬が濡れてる」
「こ、これは雨が……」
「学生の頃から思っていたけど、君は本当に強情だな」
 桂川先生が私の眼鏡を片手でそっと外した。取り返そうと手を振り回してみても、先生はやすやすとそれをジャケットの胸ポケットにしまい、両手で頬を拘束したままさらに顔を近づける。
 泣きすぎて腫れているであろう目元が、隠しようもなく先生の目の前に晒された。
 どうしよう。気づかれてしまう。先生に恋している、私の気持ちを。
「君に泣かれると、僕は本当に弱い。……泣かせてるのは自分なのに、我ながら勝手だな」
 いつもは冷静な声が少し掠れていた。たったそれだけのことで、また涙が溢れてくる。
 先生の手が私に触れている。先生の瞳の中に自分が映っていることが幸せで、他のことは何もいらないと思った。
 私は先生のことがこんなにも好きなんだ。絶対に叶わない恋なのに。だけどそれでもいい。先生のことだけを好きでいたい……。
 頬を包み込む先生の手に、私はそっと自分の手を重ね合わせた。大きくて優しい手が、指が、私の顔を優しく撫でる。指先が輪郭を辿り、ごつごつした親指の腹が、ゆるゆると唇を撫でる。
 止まらない雨が私たちふたりだけを包み込んでいた。この気持ちを知らない私にはもう戻れない。先生を好きでいられるなら、何もいらない。
 いつの間にか絡み合った指に、先生の唇が触れる。上目づかいで私を見つめる黒い瞳が妖しく揺れ、それだけで私の体温は簡単に上がる。
「僕のゼミに君が入ってきた時から、とても繊細な感受性を持っている君に惹かれていた。純粋で不器用で、だからいつも他の学生に利用されたり、貧乏くじを引いている君のことが気になった。時々君の横顔に見惚れたりもした。教え子に懸想するなんてどうかしてる、これはただの勘違いだって自分に言い聞かせて君を卒業させた。本心から、静かに咲いている君という花をこっそり見守るつもりだったんだ。だけどどうしてかな。君が泣くと気になって、君に触れたくて堪らなくなる。いい歳をしたオジサンが、本当にどうかしている」
「先生はオジサンなんかじゃありません」
「いや、オジサンだよ。君より二十も年上だし、バツイチだし、君に釣り合う若い男には太刀打ちできない」
 そんなことない。必死で自分の気持ちを伝える言葉を探す私の唇に、また先生の指先が優しく触れる。
「だけどもうどうしようもないな。二十歳も年下の子に惚れて、可愛くて可愛くて仕方なくて……お手上げだよ。だから野々花……もうそろそろ覚悟して」
「先生」
「それももうナシだ。朱雀でいい」

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