【1話】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える

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桂川教授が本を返さない理由

 この大学で、桂川かつらがわ朱雀すざく教授を知らない女性はひとりもいないだろう。
 彼は花園はなぞの女子大学の文学部国文学科の教授で、専門は近代文学、主に谷崎たにざき潤一郎じゅんいちろうの研究者として国内外で評価されている。
 また、何度もノーベル賞の候補にもなった高名な作家を父に持ち、その関連もあってか文化庁の役員なども兼任している。
 そんな学術的な活躍はもとより、彼を更に目立たせているもう一つの理由は、その姿かたちだろう。
 年齢はもう四十代半ばのはずだけれど、桂川教授にはもう年齢さえどうでもよくなるほどの端麗さがある。
 整った目鼻立ちはまるでギリシャ彫刻のようで、その日本人離れした美しさはあまり類を見ない。加えてすらりとした長身の長い手足が、さらにその容貌を際立たせている。
 細く骨ばった腕、長い脚と少しうつむき加減の姿勢。軽く波打つ髪は漆黒で、鋭ささえ感じる瞳の美しさがその美貌をさらに愁いに満ちたものにしている。
 教科書を音読する耳触りの良いバリトンは心の奥底まで響き、授業中にときおり見せる何かを考え込む横顔は崇高なほどの気高さだ。
 それに……彼が女性たちを惹きつける最大の理由は、怜悧な外見からは想像もつかない、文学への情熱にあるのかもしれない。
 気安く人を寄せ付けない理知的な振る舞いの中で、ときおりほんの一瞬だけ見せる激しさには抗いがたい色気すら感じられ、多感な女子大生たちの心を掴んで離さない。
 またその一方で、桂川教授の授業は厳しいことでも知られている。
 彼の逸脱した美貌から、蜜に引き寄せられる蝶のごとく授業を履修してしまう女子学生は後を絶たないが、そんな甘い考えで授業を受けようものなら、学年末には情け容赦のない〝F〟がつく。
 だから三年生のゼミ登録の時期には浮ついた気持ちでいた者はみな淘汰され、努力と資質のある生徒だけが残るのが常なのだ。
 しかし、これほど女性を惹きつける要素を兼ね備えているというのに、桂川教授には女性の影がまるでなかった。
 彼のプライベートは誰にもわからない。
 分かっているのは現在独身であることと、どうやら一度結婚したことがあることくらいだった。

山本やまもとさん、今大丈夫? ちょっと頼みごとがあるんだけど」
 昼休憩から戻ったタイミングで、高柳たかやなぎ先生に声をかけられた。
 高柳先生は国文学科の教授で、ここ何年か大学図書館の館長を兼任している。
 細身の長身に分厚い眼鏡。絵に描いたような文学者気質で、専攻は図書館学。年齢は恐らく五十代後半だが、渦を巻くようなくせっ毛と朴訥な人柄から、もっとずっと若く見える。
「この本、桂川教授のリクエストなんだ。来週の授業で使いたいそうなんだけど、見当たらないとおっしゃっていて……悪いんだけど、探してもらえないかな」
 困ったようにゆらゆらさせている高柳先生の指には、本の題名が書かれたメモが挟まれている。
 私はそれを抜き取りながら、笑顔で応えた。
「分かりました。ここに書かれている本ですね」
「うん。さっき僕も桂川先生と一緒に探してみたんだけど見つからなくて。システム上は貸出されていない状態なんだけど、もしかしたら分類とは違う場所にあるのかも知れないね」
 私は自分のデスクに腰かけ、すばやく図書館の検索システムを立ち上げる。
 検索してみるとやはり高柳先生が言った通り、本は在庫の状態だ。

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